「ねえねえ、トノといる時のミョウジ先輩ってどんな感じなの?」

 あまりに唐突に投げかけられたその質問に、外岡は口に入る寸前だった好物のかしわ天を、よりにもよって寸前で止めることになってしまった。
 それは、午前に行われたスナイパーの合同訓練が終わり、昼ご飯でも食べていくかと同年代の男子数人で訪れた食堂でされた、ほんの世間話のようなもので。思春期の男子高校生が多く集まるボーダーにて、同年代の女子についてというのは、ある意味避けられない、必ず話題となる内容でもあった。
 とはいえ例えばそれがクラスの女子生徒や別部隊の人物だったのなら、外岡もわざわざ好物を食べる手を止めたりはしなかっただろう。しかしナマエ──もとい自身の恋人となれば、話は別だ。
 口元まで運んだ好物を皿に戻し、目の前に座る佐鳥の顔を見れば、普段から好奇心旺盛な瞳は答えを待ち望むように外岡に向けられていて。投げられた言葉の意味を代わりに咀嚼し飲み込むと、はて、と考える。

「どんなって…どういう事?」
「いや、ミョウジ先輩って、色気というかさあ…すごい大人っぽい?かっこいい?じゃん。一個上なだけとは思えないぐらい」
「色気ってお前な…」
「…いや違う違う!変な意味じゃなくて!」

 佐鳥の言葉に、隣に座っていた半崎が呆れた目を向ける。その視線の不穏さを感じ取ったのか全力で否定しているが、外岡自身も若干同じことを感じていたので内心半崎にお礼を言いつつ、佐鳥の主張に再度耳を傾けた。
 腕を組み顎に手を当て「うーん」と唸りながら、おそらくは普段のナマエを思い返しているのだろう。しかし同時に、必死に当たり障りのない言葉を探しているようにも見えた。

「えっと、だからなんていうか…俺たちみたいに、ポジションも違うはずのトノと付き合い始めたって聞いて、すごい驚いたというか…トノみたいな静かな人と一緒にいるイメージができないというか……」
「お前それすごい余計なお世話だろ」
「もー!半崎は少し黙ってて!あっ、ごめんトノ別にそういう意味じゃないからね!?」
「分かってるよ」

 笑いながら佐鳥を揶揄っているとはいえ半崎もこの話題が若干気になってはいたのか、ちらりとこちらに視線を向けている。彼の場合、興味というより好奇心の方が強いのかもしれないが、聞こうとしているという姿勢では佐鳥と変わりなかった。
 ──色気。大人っぽい。かっこいい。佐鳥が並べる言葉を反芻する。おそらくそれらの内容のほとんどは彼女の見目に当てられており、性格は想像も含まれているのだろう。アタッカーとスナイパーという、ポジションがまったく違う先輩後輩とあっては、自らを含め佐鳥らが彼女と関わることはあまりないからだ。
 ならば何故同じスナイパーである外岡はナマエと付き合うこととなったのかというのは、また別の話として。
 閑話休題。おそらく彼らの言う"色気"とやらは、恋人という立場の自身から見るとまったく毛色が異なっているだろうから、その点については、視点が違うからという曖昧な返事に留めることにしておこう。
 けれどそれを差し引いても、ナマエから色気というものを感じることができるかと言われれば…答えは否。彼女は色気というよりも、もっと別の…。
 そこまで考えて、外岡は意識を戻す。このまま彼女のことを考えていると、気が抜けてうっかりいらぬことまで口走ってしまいそうだ。外岡は二人に気づかれぬよう、きゅっと唇を結び直すと、淡々とした口調で答えた。

「別に、いつも通りだよ」



 その時々の都合や状況にもよるが、予定の合う毎週金曜日には、一人暮らしをする外岡の部屋をナマエが訪れそのまま一泊するというのが、二人にとっての恒例行事だった。
 未成年、しかも高校生同士のカップルが外泊などいいのかと言われそうなものだが、そこはナマエと外岡の普段の行いか。特段咎める者もおらず、ごく平和な恒例外泊となっていて。
 むしろナマエの育ての親のような林藤にいたっては、金曜の夜にナマエが支部にいようものなら「あれ?お前なんでいるの?」とまで言ってくるほどである。その度ナマエは喜んでいいのか否か、なんともむず痒い気持ちになるのだ。
 そして今日も例に漏れず。ナマエは十五時に本部での用事を終えると、食堂にいた外岡と合流し、本部内にある彼の自室へと戻っていた。
 夕飯は改めて外に出ると事前に決めていたため、それまでゆっくりしようかと二人並んで座り、外岡は弓場からきていた連絡の返信を、ナマエはテレビを見てのんびり過ごしていたのだが。
 しばらくして外岡はあることに気が付いた。

「…どうしたんスか、先輩」
「えっ、」
「さっきから、じーっとこっち見てたんで。何かあるのかなって」

 ナマエの視線が、テレビではなくこちらに向いているのだ。それは常にではないにしろ、結構な頻度で。隣に座る外岡をちらちらと見て、何か言いたげに口をわずかに開いて閉じて、けれどなにも言わないまま。
 いくら視線は手元の携帯に向いているとはいえ、さすがに隣にいれば視界の端にチラつくもので。鬱陶しいというわけではないが気になってしまうのは、自然なことだろう。
 まさか気付かれているとは思っていなかったのか、外岡の問いかけに、ナマエは心底驚いているようだった。

「テレビ、なにか見たいのありました?」
「いや、別に…」
「あー、じゃあ喉乾いた?いつもの所に、この前先輩が美味しいって言ってたお茶買っといたんで、好きに飲んでいいっスよ」
「違くて…トノくん、あの…」

 遠慮がちに掴まれた服の裾に、外岡は言葉を呑み込む。伺うような瞳をこちらに向けていたナマエが何を望んでいるのか、察しの良い外岡は薄々勘づいてはいたのだが、あえて口にはしなかった。
 ──それはナマエと付き合うことで知った、自らの癖というか、性癖のようなもので。あまり褒められたものではないと知りつつも、こうして物欲しげな、察してもらえず寂しげな顔をするナマエを見たいがために、ついやってしまうのだ。

「…どうしたんすか?」
「その…、」

 続きを促すが、ナマエは言葉を詰まらせる。やはり先を言うのは戸惑っているらしく、視線は相変わらずあちこちに泳いでいる。
 外岡は右手に持っていた携帯を机の上に置くと、代わりにナマエの手を握る。まさか握り返されるとは思っていなかったのか、不安げに潤いながらもかち合っていたはずの視線は、慌てたように下を向いてしまった。

「ナマエ先輩。ちゃんと言ってくんないと、俺分かんないっスよ」

 握った左手の親指と人差し指の付け根辺りを、外岡は先を促すようにすりすりと撫でる。投げかけられた言葉とその動きに、物欲しげにうっすらと開いていたナマエの唇が、気に食わなさそうに小さく尖った。

「…トノくん、意地悪い」
「はは、すんません」

 さすがに外岡の考えていることが分かったのか、途端に不満げな顔になるナマエに、当の本人は謝りつつもあまり悪びれる様子はなく。許してくれと言わんばかりに眉を下げ笑うと、ナマエに向けて腕を広げてみせた。
 なんだかうまく丸め込まれているような気がしないでもないが、その腕の中に飛び込まないと言う選択肢は、ナマエの中にはない。
 それでもわずかに残る不満を訴えるように少し勢いをつけてその胸に飛び込めば、「ゔっ、」と少し苦しげな声を漏らしながらも、どこか嬉しそうに笑って受け止めた。
 それほど身長は変わらないながらも、やはり男女の差なのだろう。ナマエの身体はすっぽり包まれてしまい。付き合い始めた頃は、想像より逞しかったその身体に少し驚いたのを覚えている。

「…ナマエ先輩は、大人っぽくて色気がある」
「え、なにいきなり」
「今日、佐鳥たちとそんな話になって」
「君たち普段そんな会話してるの…」
「まあ十六歳の男子なんてそんなもんっスよ…それで、そんな先輩は俺といるときどんな感じなのかって聞かれて」

 あのあと、いつも通りと答えた外岡に佐鳥は「やっぱそうか〜。なんかエスコートしてくれそうだもんね」と、ナマエに対し尊敬のようなニュアンスを含んだ声色で納得していた。
 いったい何が"そうだよね"なのかは理解し難いが、まあ世間話というか、野次馬のようなのもだったのだろう。その話はそこで終わり、話題はすぐ別のものへと移っていたのだから。

「…トノくんは、それになんて答えたの」
「いつも通りだって答えました」
「いつも通りっていうのは…」
「大人っぽくて、かっこよくて…まあ、想像通りってことです」
「それはなんか…ありがとう……?」
「はは、どういたしまして。でも俺、本当はそう思ってないんすよね」
「え、」
「悪い意味じゃないっスよ。なんていうか、本当はナマエ先輩って結構甘えるタイプだし、少し子供っぽいところもあるし。なんなら、かっこいいより可愛いの方が合ってると思うし…そういう意味です」
「ええ…?そんなことないと思うけど…」
「まあ先輩はそういうタイプっスよねえ」

 いくら外岡が言ったところで、ナマエがここであっさり肯定するようなタイプでないことを、彼は嫌というほど知っている。
 けれどこんな状況でもない限り言えないのだから、キャラではないと感じつつもも、外岡は続ける。

「だから、実は先輩がわりと甘え下手なこと知ってるの俺だけなんだって思って」
「は…、」
「そうしたらなんか、たまらなくなって」

 だからつい意地悪いことしちゃいました。今度は少しだけ、悪いことをしたといった表情の外岡は、それでもふにゃりと目尻を下げ、どこか嬉しそうに小さく笑った。その顔に心臓を掴まれたような感覚を覚え、ナマエはぐっと言葉を呑み込む。
 結局のところナマエはこの表情に弱いのだ。そして外岡自身はそれを分かっていないにもかかわらず、まさしくこういうタイミングで使ってくるのだから、なんとも質が悪い。

「だからさ、もっと俺に甘えてくださいよ」
「も、もっとって言われても…」
「そうしたら、先輩が想像するよりもっと沢山、甘やかしてあげるんで」
「…沢山?」
「はい」
「それは…例えばどれくらい?」
「そりゃもう、べったべたに」
「べったべた…」
「というか、まあ。俺がそうしたいのもあるんですけどね」

 密着していた身体をわずかに離し、こつんと額を合わせ顔を覗き込む。潤んだ瞳の奥に揺れる熱に気付いた外岡は、ナマエに見えぬよう口元をゆるりと緩ませると、そのまま唇を重ねた。
 ちゅっ、ちゅと可愛らしい音を立てながら、ついばむように何度も触れ合う。背中に回された腕は強張るナマエの身体を優しく撫でいて。ようやく口付けが終わる頃には、ナマエの身体は外岡の支え無しでは座ることすらできないほど力が抜けてしまっていた。

「っ、わ、」
「ん?」
「わたし、まだ甘えたつもりないけど……っ」
「あれ、そうでした?…じゃあ、俺がしたかったってことで」

 トノくんずるい、というナマエの言葉は再び喉の奥に消え。口付けに必死に応えるその様子に、こういう所が凄く可愛いんだよな、と。まるで昼間の会話に返事をするように、外岡は心の中で独りごちた。


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