別部隊、本部と支部所属、大学生と高校生。普段、合うようでなかなか合わせられない生駒とナマエの予定は、何が起きたか数日前出たシフトによって、突如として五日という驚きの期間、休みを重ねることとなった。
 つまりこの間は、中々合わない二人の時間が、夜であれば確実に作れるという、またと無い期間で。それならばせっかくだしと、生駒宅にナマエが数日泊まることになったのは、ある意味自然の摂理だった。
 そしてその連泊も二日目を迎えたこの日。昼頃に迅ら同年代の面々と集まるという生駒と共に本部を訪れたナマエもまた、熊谷や氷見、小佐野らといった同年代の友人らと過ごしていた。

 昼過ぎに始まったそのお喋りにも花が咲き、食堂の大きな窓から見える空が淡く赤黄色に染まり始めた頃。
 そろそろ生駒から帰宅の連絡が来るかと、ナマエが何気なく携帯に目をやった瞬間。まるで彼女の視線を待っていたかのように、ピロンッと軽快な音を立てメッセージが表示された。

『夜のシフト入ってもうた』
『すまん』
『今日一日だけ、どうしてもって』
『ほんまごめん』

 連絡といえば電話がメインの生駒は、メッセージを打つのが少し遅い。だがそんな彼にしては珍しく、一瞬の間もなく連続で送られてきた言葉たちは、簡潔だけれど、よほど申し訳なく思っているのだろうとナマエに感じさせるには充分だった。

『大丈夫です。気にしないで』
『家で待ってますね』

 いくら休みとはいえ、急な交代は常に視野に入れておかなければならない。そしてそれを、"恋人と過ごしたいから"という理由で渋るなどというのは、ボーダーに所属している以上あってはならないことなのだ。
 そしてその点においては生駒とナマエの双方とも、"優先すべきはボーダー"という考えを、きちんと持ち合わせており。だからこそ今回も特に気にすることなく。承知する旨と気遣う内容を送り、即座に返って来た『ありがと』『終わったらすぐ帰るな』という返答を確認すると、そのまま携帯を閉じたのだった。



「ナマエ」

 生駒への返信をしてから、三十分ほど経った頃。そろそろ帰ろうか、という熊谷の言葉に被るように呼ばれた名前に、ナマエは顔を上げる。
 そこにいたのは、先ほどまで連絡をしていた相手──生駒であった。

「あれ、どうしたんですか。もう任務行く時間ですよね?」
「そうなんやけど、見つけたから直接言った方が早いと思って」
「え、なにか緊急ですか」
「ちゃうちゃう。昨日の夕飯、たしか少し残ってたやろ」
「…昨日の夕飯?」
「そう」
「野菜炒めですよね…たしか一人分くらい残ってたと思います。それがどうかしました?」
「いや、それ今日の晩飯にして食べといてくれんかって話したくて」

 本来ならすでに任務へ向かっているはず彼がここにいるのかと、至極当然の疑問を口にしたナマエに、生駒は携帯片手にそう答えた。
 任務前の忙しい時間に、わざわざ直接言わなければいけないこと。そう思い若干とはいえ身構えていたナマエの身体から緊張が解け、代わりに笑みがこぼれる。任務前になんと抜けた会話だとは思うが、そこが生駒らしいとも思った。

「だったら最初からそのつもりだったんで。大丈夫ですよ」
「せやったらよかった。あ、あとすまんけど、洗いもんも頼んでええか」
「勿論。それもそのつもりでした」
「は〜ほんま有難いわ。よろしくな」
「いえいえ。任務頑張ってくださいね…お風呂も沸かしておきますから」
「うん。行ってくるわ…あ、お邪魔してごめんね」

 慣れた様子でナマエとの会話を矢継ぎ早に終えると、生駒は共にいた熊谷らに小さく頭を下げ、足早にラウンジをあとにした。
 その背中を見送り「ごめん、なんの話してたっけ」と二人にナマエは向き直る。

「…え、何ひゃみちゃん。そのきらきらした目は」

 その瞬間、自らに向けられている視線がこれまでと全く違うものへ変化していることに、否が応でも気がついてしまう。
 ナマエの対面に座る氷見の目が、妙にきらきらと輝いていたからだ。

「いやだって、あのやり取り。なによあれ」
「え、うそ、なにか変だった?」
「めっちゃ夫婦っぽかった」
「そう。さすがおサノ」
「…あれが?」
「え、無自覚?嘘でしょ」

 "夫婦"っぽい。氷見の言葉を要約するように放たれた小佐野の言葉に、ナマエは首を傾げる。なぜならナマエにとって先ほどの会話全て、何の変哲もない、当たり前に行われる日常会話だったからだ。

「だってあんな会話だったらいつもしてるし」
「分かってないわねあんた。ああいう会話をいつもしてる、っていう事こそが、"それっぽい"っていう一番の理由なんでしょ」
「ごめん言ってることよく分からない」
「はー、無自覚って怖いわ」
「いやいや…」

 普段はどちらかといえば落ち着いたタイプの氷見も、やはり根は恋する乙女。この手の話には興味津々らしい。否定されても未だ羨望を含んだような眼差しを向けられながら、ナマエは先ほどまでの会話を改めて思い返す。
 ──昨日の残り物が何なのかを互いに把握しており、なおかつそれを今晩も夕飯にして欲しい。元々そのつもりで、洗い物まで済ませておく。お風呂も、沸かしておきます…と。
 何気なく行っていたその会話を、いざ他人が話している光景に置き換え、目の前で繰り広げられたとしたら。──確かに。夫婦のような、もしくはそれに近しい関係のように、ナマエも感じていたことだろう。そしてその当人に今まさしく、自身と生駒がなっていた、と。

「………」
「ようやく気付いた?どんだけ無自覚で惚気てたか」
「いや、あの、なんていうか…申し訳ない……」
「いや別にいいんだけどね。あんたと生駒さんがそんな感じなのは、もはや周知のことだし」
「それはそれで恥ずかしいんだけど…」
「というかなんか、もうドラマの世界見てるようで逆に楽しいわ」
「こら氷見。あんまり揶揄っちゃダメだって」
「熊ぁ…」

 ようやく言われたことと置かれた状況が実感できたのか、夫婦みたいという言葉に頬を赤らめるナマエに、氷見はやれやれといった風に呆れ顔である。
 集中攻撃を受けるナマエを不憫に思ったのか、それまで黙って話を聞くだけだった熊谷が、恥ずかしさで俯くナマエの頭を優しく撫で氷見と小佐野を窘める。

「…今度からはもうイコさんの話しない」
「いやあんた結構顔に出やすいから、なにかあったらすぐに分かるよ」
「嘘でしょ」
「いや、本当。ね?おサノ」
「うん。さっき連絡してた時、相手イコさんだなってすぐ分かった」
「もう止めて…」


 あと数分で集合の時間だという時。小走りで隊室へと向かっていた水上の視界に、見慣れた背中が映る。
 その後ろ姿にいつもの騒がしさは見えず。ただ茫然とした様子で、騒がしい食堂の中を見つめているようだった。

「イコさん、何してはるんです?そろそろ行かんとマリオに怒られますよ」

 急かすように声をかけながら、生駒の視線の先へと水上も顔向ける。そこには生駒の恋人でもあるナマエと、数人の女子が和気あいあいと話しているようで。なにやら顔を赤くしながら、隣に座る熊谷に頭を撫でられているようだった。
 水上の呼びかけにも生駒は踵を返すことなく、未だ食堂内を見つめたまま「…水上」と小さく声を漏らす。
 ──その瞬間、野生の本能か、水上はとてつもなく面倒な気配を察知してしまった。
 けれど声をかけてしまい、なおかつ名指しされてしまった以上逃げ道はない。水上は感情をなるべく押し殺し、「…はい?」と小さく返事をする。

「真剣な話なんやけど、」
「はあ…」
「俺はまだ学生やから結婚とかそういうのはできひんけど、それぐらい気持ちは大きいっちゅうのを伝えるには、どないしたらええと思う?」
「……」
「やっぱ愛を込めて歌うべきか?」

 わずかに残っていた感情がいちぶの隙も無く消え去るのを感じながら、水上はなんとか言葉を絞り出した。

「……だいたい想像つきましたけど、とりあえずそれ任務の後でもええですか?」


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