浮かれすぎているな、という自覚はあった。
けれど今日はナマエにとって、生きている中で一番大切といっても過言ではない日で。そんな日にはしゃいでも、きっと誰も咎めはしないだろう。咎められたところで、そもそもこの高揚を抑えられるわけがないのだけれど。
いったいどんな反応をしてくれるだろうという期待に胸躍らせながら、ナマエは制服のスカートを翻し、夕焼けに染まる街中を今日の主役である弓場の自宅へ急いでいた。
「実は、今年はちょっと趣向を変えてみようかと思いまして」
訪問するや否や。出された紅茶に手を付けることなく意気揚々とそう切り出したナマエに、テーブルを挟んで向かいに座っていた弓場は当然のことながら「あァ?」と疑問符を浮かべた。
「変えるって…どういうことだ」
「ふっふっふ。これです」
考え事をするときの弓場の癖なのだろう。ぐっと分かりやすく眉間に寄せられたしわとは対照的に、眉をふにゃりと下げ楽しそうに笑ったナマエは、通学用鞄とは別に持ってきた大きな紙袋をがさがさと漁り出した。
ステンレス製の四角い型に、玉狛支部がある場所から少し離れた場所にある、少し高いスーパーのオリジナルロゴが描かれた薄力粉。無塩バターに、四個入りの卵と、ベーキングパウダー。
まるで怪しい組織間の取引のように、これまたわざとらしい口ぶりで次々と机上に並べられるそれらが、自身の好物であるパウンドケーキの材料だということが、弓場にはすぐに分かった。
それと同時に、ナマエが部屋に入った途端玄関で座り込みわずかに息を切らしていたことが思い出され、弓場は吹き出してしまった。わざわざ道具と材料一式を持っていたから、妙に荷物が多かったのだ。
「なんだそりゃ。"作ったやつ"じゃなくて、"作るためのやつ"か?」
ナマエの予想外の提案に、弓場はどこか楽しそうに声に弾ませる。弓場は元々顔には出にくいだけで、こういった面白いことはわりと好きな性格なのだ。
「はい。お菓子は沢山貰うだろうなとは思ったんですけど…せっかくなら一緒に作りたいなー、って思ったんです」
ナマエの言う通り。弓場が今日貰ったものの多くは、任務の合間などに簡単に食べられそうなお菓子ばかりで。その中でも特に多かったのが、彼の好物であるパウンドケーキだった。好きだと知っている者も多いことや、比較的あまり悩まずに購入しやすいというのが主な理由だろう。現に今台所には、それらが山ほど入った紙袋が置いてある。
その他にも、普段かけている眼鏡のケースやアクセサリーなど。迅や嵐山らといった、さらに彼をよく知る人物達からは、別の趣味でもある読書に必要なブックカバーなど。多種多様なプレゼントたちは、彼の人柄の良さと人望を表しているようで。ナマエは自分のことでないにもかかわらず、見ていてとても喜びを覚えた。
しかし、だからこそ生まれた思いがある。弓場の一番好きなものや欲しいものをあげるのはもちろんなのだが、それ以外にも、"彼女にしかできない何か"をあげたい、と。
なんともいじらしいその言葉と思考回路に、弓場は密かに胸をときめかせる。自分の口からその単語が出るのは違和感しかないため言葉にすることはあまりないが、可愛いと胸打たれるとはこういうことなのだろうと、頭の片隅で思う。
「それに、その…」
「?」
「…あらかじめ作ったものじゃなくて、"二人で一緒に作ったもの"をプレゼントにできるのって、恋人の特権だと思いません?」
一瞬言い淀むも、どこか照れくさそうに、若干の上目遣いで弓場を見つめながらナマエは尋ねる。
「…それもそうだな」
弓場の返事に安堵したのか、分かりやすくぱっと顔を明るくしたナマエは「じゃあ今すぐ作りましょう!」とスカートを翻し台所に向かう。
嵐のようなその様子に弓場は口元を緩ませながら、チェストを漁りエプロンと取り出すと、「制服汚れるから、ちゃんとエプロンしろよ」とナマエに手渡した。
かき混ぜ終えた柔らかい黄色の生地は既に型に流し込まれており、焼かれるのを今か今かと待っている。あとは上にアーモンドをかければ準備完了だ。
「そういえば、ののさんにも相談したんですよ。拓磨さんにあげるもの、何が良いと思いますかって」
「…藤丸にィ?」
「はい」
調理器具を洗う弓場の横で、レンジと睨めっこしながら予熱設定をしていたナマエが、思い出したとばかりに話し始めた。
突然出された知った名前に、弓場は蛇口をひねり水を止めると、訝し気にナマエへと視線を向ける。
「…あいつに相談してもろくな返答しねェだろ」
「うーん…どうなんでしょう。拓磨さん次第かもしれません」
「俺次第だァ?なんだそりゃ」
「聞きたいです?」
「当たりめェーだ」
「ふふ、じゃあ耳貸してください」
どうにも含みのある言い方は、明らかに続きを聞いてほしいと言っているようなもので。分かりやすいサインに乗るように続きを促す弓場に、ナマエはどこか楽しげな。まるで悪戯をする前の子供のように笑いながら、その耳元に唇を寄せた。
「『えっろい下着で、"プレゼントは私です♡"って言やぁ、弓場もイチコロだろうよ』…って」
「………」
「あれ、拓磨さーん?」
「おめェー…それ間に受けてねェだろうな…」
「まさかぁ」
あからさまに寄せられた眉根に、「怒らないで下さいよ」と笑うナマエは、自身がいかにとんでもない発言をしたかは分かっていないようだった。いや、もしかしたら発言自体の意味合いと強さは理解しているのかもしれないが、それが弓場に対しどういう破壊力を持っているかまでは、あまり理解できていないようだった。
欲がわずかに頭をもたげ始めた瞬間、したり顔の藤丸が弓場の脳内を横切り。分かりやすい挑発に乗せられたような感覚に内心妙なむず痒さを覚える。
そんな弓場の心情など知るはずもないナマエは、「あ、でも…」と何かを思い出したらしく。わずかに踵を上げると、再び弓場の耳元へと近付いた。心なしか熱のこもった息が耳と首筋をくすぐり、弓場の身体がわずかに強張った。んふふ、と小さな笑い声が聞こえる。
「えっろい下着だけは……着けてるんですよ♡」
んふふっ、と吐息混じりに囁かれた言葉に、弓場は目を見開く。分かりやすいその反応にナマエは口角を上げたものの、まるで見計らったかのようなタイミングで予熱完了を知らせる音が鳴り。「あ!」と声を上げあっさり距離を取ると、何事もなかったかのように「拓磨さん早くこれ焼いちゃいましょ」とレンジに型を入れ始めた。
「えーっと、四十五分…結構長いで、っひぁ…!え、あ、たっ、拓磨さん…!?」
レシピ本片手に再びレンジを覗き込み、ようやく開始のスイッチを押した瞬間。ナマエのうなじを、ぬるりと生温かいものが這った。
突然の感覚に驚き咄嗟に声を上げたナマエが振り向こうとした瞬間、背後から腹の前へと伸びてきた二本の腕に、強く抱き締められた。誰に、というのは弓場以外ありえないのでさして問題ではないのだが、それ以上に、あまりに突然で彼らしからぬその行動に、今度はナマエが驚く番だった。
「どっ、どうしたんですか…」
「焼けるまで一時間くらいあんだろ」
「あります、けど…」
「見せろ」
「へ…」
あまりに直接的な要求に思わず間抜けな声が漏れる。けれど戸惑うナマエを余所に、弓場の手は制服の裾から入り込むと、あっという間に胸元へ辿り着いていて。右手の中指が下着のワイヤーをたどり、爪先でレースを弄んでいた。洗い物をしていたせいか、冷えた指先が妙に生々しい。
ナマエの服を捲り上げて無理に見ることは決してしないものの、その行動は"早く見せろ"と急かしているようで。
あの弓場が、そういった下着を着けているという言葉だけで、性急に自身を求め興奮しているその姿に、戸惑いなんてどこへやら。背中にぞくぞくと稲妻が駆け抜ける感覚に、ナマエは口角を上げる。
藤丸の言葉に半分乗せられる形で仕掛けたとはいえ、まさかここまで弓場の余裕を無くすことができるとは。高鳴る鼓動と興奮に背中を押されたナマエは腕の拘束を解くと、後ろを振り向き、弓場と向かい合う体勢へと変わる。
「…拓磨さんのえっち」
「あァ?おめェーが言うか、それ」
「それはまあ、そうなんですけどね」
なんていうか、雰囲気ですよ。そう小さく呟きながら、じっとこちらを見下ろす視線に促されるように、制服の赤いスカーフに手を掛ける。焦れったくなるほどゆっくり解いたスカーフを床に落とすと、今度はそのまま裾を掴み、躊躇することなく胸元まで一気に捲り上げた。
中に着ていたインナーごと捲り上げたことで弓場の目の前に姿を現したのは、淡いオレンジ色の下着で。小ぶりの花が可愛らしくあしらわれているデザインのそれは、色合いもあり一見するとナマエの言う"えっろい下着"とやらには見えなかった。
「ね、拓磨さん。これ見て」
けれどそんな初見の印象はすぐに裏切られることとなる。
はしゃぐ声色とは裏腹に、ナマエの細い指先がうっすら透けるレース生地の縁をなぞり、胸の前中心へと辿り着く。そこはこれまで何度も見てきたものより幾許か低い位置にあるせいか、細身の割に大きめなナマエの胸が谷間と共により強調されるような形のものだった。
「これフロントホックなんですよ。それで、ここにレースの花が付いてるの。可愛いでしょ?」
言葉の通り、多くは背中にあるはずのホックが、前あるフロントタイプで。さらにそこには細かなレースでできた花があしらわれている。
機能性以外に別の目的を含めているとしか思えないデザインは、可愛いでしょ?というナマエの無邪気な言動とあまりにかけ離れていて。純粋さと、ほのかに見え隠れする性的な香りのアンバランスさは、弓場に眩暈すら覚えさせた。なるほど確かに、これはえろい。そんな馬鹿な考えが脳内に浮かんだ。
普段感情の高ぶりがあまり顔に出ることのない弓場ではあったが、この時ばかりはひと呼吸置かないとまずいと思うほど、ナマエの言動に鉄の理性がごりごりと削られていく。
「それとね、これショーツも同じで…あっ、」
いまだ楽しそうに説明を続けるナマエの身体を抱き寄せると、弓場はさらけ出されたその胸元に顔を寄せ、柔らかな谷間をぢゅぅっと音を響かせながら吸い上げた。
それは普段つけられているような小さく可愛らしいものではなく。下手をすれば痣にも見えてしまうのではないかと思うほど濃いもので。わずかに感じた痛みと、それ以上に身体の内を刺激する快感に、ナマエは思わず甘い声を上げてしまう。
「あ、たっ、拓磨さん…っん、」
何度も吸われ、柔らかなそこにいくつもの痕が残される。これ以上は腰が抜けそうだと思い始めた頃、見計らったかのようなタイミングで弓場の顔は離れていった。
「…そんなに興奮してくれました?」
抱き上げられ、そのままキッチンの棚の上に座らされる。棚に座るなんてお行儀が悪い上に、横では電子レンジが音を立ててケーキを焼いている。なんとも間抜けな状況ではあるが、今はそんなことどうだってよかった。
ナマエはすっかり乱れた制服を、もういらないとばかりにインナーごと脱ぎ捨てると、あらわになる下着に恥ずかしがることなく。むしろもっと見てくれと言わんばかりに弓場の首へと腕を回す。
「…すげェしたから、これ以上煽んじゃねェーよ」
「あは、やったぁ♡」
色気たっぷりに語尾を甘く響かせながらも、ふにゃりと目尻を下げるその顔は、やはり可愛らしいの言葉が似合うのだろう。「拓磨さん」と鼻先を擦り合わせ始めた様子に何をしたいのか察した弓場は、強請られるまま、小さな唇に自身のそれを重ねた。
小鳥がついばむように何度も唇を重ねながら、弓場はナマエの薄い腹をなぞり、背中へと手を回す。そのままいつもの癖でホックを外そうとしたのだが、慣れた感触が見つからない。一瞬疑問を感じたものの、すぐに、今日は形が違うのだと思い出した。
つい先ほどのことにもかかわらず頭から抜けてしまう程度には興奮しているのだと否が応でも理解してしまい。胸中自身に呆れながらも、弓場は再び前へと手を回すしそのままホックを外してしまう。
「…はっ…、さっきの、続きなんですけどね…んぅ、」
「あ?」
「ショーツも…ふふっ。可愛いから見てほしくて」
そういうや否や。ナマエは迷うことなくぱちんっ、とスカートのホックを外し、腰をわずかに浮かせながら、スカートを足先から抜き去った。
重力に逆らうことなく落ちていくスカートの下は、万が一捲れてしまった時などのためにもう一枚履いているのだが、今日はあえてそれをしなかった。荷物を取りに一度支部へ帰った際、わざと脱いできたのだ。
「ほらここ…上と同じで、レースになってるんです」
ナマエが指し示すそこは、クロッチ部分のやや上。ショーツのほぼ大部分を占める前面部なのだが、そこがレースで作られているせいか、もはや布と呼べるほどの面積はなく。むしろ隠されているクロッチ部分の方が面積が少ないという作りだった。
そしてなにより、そこから左右に伸び、腰骨のちょうど上辺りでつつましく結ばれたサテンのリボン。それが飾りでないことは、ナマエが話しながらそこを弄っていたことでわずかに緩んだ結び目を見れば、すぐに分かった。
解けば簡単に秘められた場所が見えてしまうというのに、心もとないそのリボン一つで下着だと言い張るのだから、なんとも堪らない気持ちにさせられる。
「ね、拓磨さん…触ってください」
「っ…」
強請る様にナマエが脚を擦り合わせたことで、数日前、足の付け根から数センチ程の内ももに付けた痕がちらりと見えて。それが弓場を視覚からさらに煽っていく。
難しい顔で言葉を呑み込むような仕草を何度も見せる弓場に、不機嫌なのではなく、興奮をなんとか抑えているのだと分かるのはナマエだけだろう。きっと、無理をさせたくないだとか、そういうことをぐるぐると考えているのだ。本人が良いと言っているのだから、何も気にすることはないというのに。
ナマエ自身、最後までこちらを気遣う弓場のそういったところが好きになったので、それもまた彼に対する愛おしさを倍増させる要因ではあるのだが。
──それでも今は、早く触れてほしい。ナマエは熱くなる呼吸を隠すことなく悩ましげに息を吐き出すと、弓場の手を掴み自身の腰に添えさせる。そしてそのままリボンの輪っか部分を指先に引っかけさせると、共に自身の指を動かし、ゆっくりと焦らすように結び目を解いていく。
「ねえ、拓磨さ……っ、あ…!んぅ…あ、あっ♡」
ナマエが再び弓場の名を呼ぶや否や、ホックが外され肩に掛かるだけとなっていたブラジャーを押し退けると、弓場の大きな手がナマエの胸を掴んだ。そして躊躇することなく揉みしだき始める。
ゆるく勃ち上がっていた突起を掌が掠める度、ナマエからは甘い声が漏れ。弓場はその声に誘われるように濡れた唇を塞ぐと、わずかなあわいから舌を差し込み、ちゅくちゅく音を立てながら舌と唾液を絡ませていく。
「…おい、」
「んっ…はい…?」
「……」
「…拓磨さん?」
「…ベッド行くぞ」
「へ…」
「さすがにここじゃマズイだろ」
理性はすべて削られたと思っていたが、キッチンでの行為を一旦止められる程度にはまだ残っていたらしい。
弓場らしい理由と発言に、甘い雰囲気はわずかに鳴りを潜め。「そうですね」と小さく笑うナマエの頭を撫でながら、弓場はその身体を軽々と抱き上げた。
「…それに、プレゼントなんだろ?」
「え?」
「これ」
キッチンからものの数秒で辿り着いた寝室のベッドにナマエを下すと、弓場は乱れた下着を指先で弄びながらそう問いかけた。その指先がするすると滑り、先ほど解かれかけたせいで今はかろうじて結ばれているだけの腰のリボンに触れる。
「ちゃんと見てェから…全部見せろ」
耳元で囁かれた言葉に下腹部がきゅうっ、と反応する感覚を覚え。ナマエは「いっぱい見てくださいね…♡」と、とろけた声を隠すことなく返事をした。
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