クリスマス。名前だけ聞けばとても素晴らしいそれは、全体を見れば年明けまでたった六日という日でもあった。
 大学一年目とは、後々できるだけ最後の山場に集中できるようにと頑張る時期であり、なおかつ高校までとはまったく違った形の生活やら課題やらに慣れなければいけない時でもある。
例に漏れず私もその一人で、特に年末のこの時期は学年の終わりとあって立て込む試験とレポートに殺されそうになっていたのだ。
 そんな中、申し訳なさに苛まれながら恋人である隠岐くんに提案したのが、今年はお互いプレゼントは無しにしようというものであった。それに対し、イベントごとは割と大切にする彼が「はあ、まあいいっすよ」とあっさり了承してくれたのには驚いたが、正直とてもありがたかった。
 それでもさすがに、私の都合で学生にとっても恋人同士にとっても一大イベントであるクリスマスを棒に振ることになってしまい申し訳ないとせめてもの償いとして、全てが終えられるちょうど二十五日。時間は少し遅くなってしまうが、私の家でよけれは小さなパーティーでもしないかという再びの提案に「まじすか。嬉しいですわ」と嬉しそうに頷いてくれたのだ。
 そうして迎えた二十五日。全てから解放された私が嬉々として待ち合わせ場所へ向かうと、青い電飾が輝く大きな木の下、白い息で手を温める彼の姿があった。

「お、隠岐くん!」

 荒くなった呼吸を整えながら名を呼べば、ぱっと顔を上げる。嬉しいですという感情を隠さず微笑むから、なんというか、うん。可愛い。

「ごめんね、待たせて。寒かったでしょ」
「全然平気っす。それよりナマエさん、髪ボサボサやで」
「え、嘘、やだ!」

 もう遅いのだろうけれど、慌てて髪を梳く。遅れてしまう有無の連絡は事前にしていたとはいえこんな寒空の中少しでも待たせるのは申し訳ないと走って来たから、ほんの少しぐらい乱れるのは許容の範囲内だったのだけれど。まさか指摘されるとは。恥ずかしい。

「直さんでええよ、おでこ出てんの可愛い」

 梳く手を取られ、剥き出しになったおでこに冷えた手が触れる。うっすら浮かんだ汗を拭う彼の親指と、ふにゃりと垂れた目。う、わ。
 顔が一気に熱くなる。元々走ってきた熱も相まって、きっと顔は赤くなってしまっている。

「あ、じゃ、じゃあ行こうか。スーパー、ま、まだ開いてるかな」

 恥ずかしくて目を逸らしそう言えば、後ろからほんの少し笑いながら「そうですね」と言う声が聞こえた。完全にからかわれてる。

「そ、そういえば隠岐くん、嫌いなものって…」
「ナマエさん」

 たしかスーパーは8時に閉まってしまう。ちらりと見た時計は七時二十分を指していて、少し急がなければゆっくり買い物をしている時間はないかもしれない。
 彼の手を取り歩き出そうとすれば、遮るように名前を呼ばれた。踏み出した足は再び元の位置へと戻る。

「隠岐くん?」
「すんません。実は用意しとったんですよ」
「え、」
「プレゼント」

 どうぞと掌へ乗せられた青い正方形の箱は、白いきらきらしたレースのリボンがあしらわれていて。
 学生同士が送り合うような、手作りのラッピングとは違う。本格的なそれが一目見て高いものだと考えてしまうのは、少し悲しいけれど仕方のないことだと思う。

「な、なんで、」
「クリスマスでしょう」
「だって、今年は、お、送らない、って」
「…約束破ってもうたんはすんません。でも、一目見た時からこれがいいって決めとったんで」

 隠岐孝二という男が、こういった人物であることを忘れていた。
 忙しいからと言ってしまえば、彼は必ず私に気を使う。けれどクリスマスに予定があるなんて言ったら確実に怪しいし、何より邪な事をしているわけでないのだから隠す必要はない、はず。だから正直にその有無伝えて、それに対して彼も了承していたはずだった。
 それが、まさか。まさかこんなものが用意されていようとは。いや、こんなものなんて聞こえが悪いけれど、でも。
 呆然と箱を見つめる私を急かすように、再び名前が呼ばれる。

「はよ開けてください」
「う、はい…」

 おそるおそるリボンを解いていき、やたらと重く感じる蓋を開ける。ネックレスだとか、正直そういった物を予想していた。

「お、おお…」

 しかし、予想に反して目に飛び込んできたのは、まさかまさかの指輪。箱がさらに重くなった気がした。
いくらボーダー隊員とはいえ、学生の身には安くはないはずの物なのに。いくらしたのなんて聞くのは野暮だと理解しつつも、伺うように隠岐くんへ目線を向ける。

「ナマエさん」
「は、はい」
「なんやまたくだらない事考えとるんやろうけど、おれがやりたくてやった事なんで」

 何故分かった。驚いて彼を見れば「ナマエさんはすぐ顔にでるからなあ」と若干呆れたような目で見られる。
 失礼な、と思ったけれど、その事に関しては生駒くんや迅くんにも同じような事を言われていたので、正直何も言えない。

「はい、手貸して」
「え、あ、」
「…よし、ぴったりやな」

 色気もへったくれもない。間抜けな顔をしてしまっているだろう私に構う事なく、隠岐くんはおとぎ話の王子のような所作で私の右手薬指に指輪をはめた。本物の王子の所作見たことないから分からないけども。

「こっちはそのうち、きちんと送るんで待っててください」

 細い指先が左の薬指をくすぐる。目印になるからと特に意味もなく待ち合わせ場所に選んだ最寄駅のイルミネーションが、まさかこんなロマンチックな場所になろうとは。パーティの提案をした時わざわざ待ち合わせ場所を指定してきた事に少しでも疑問を持つべきだった。
 ちくしょう、高校生のくせにこんなキザなことして。自分はイケメンじゃないとか言うなら、こんなかっこいい事しないでよ。

「ちなみにもう一つあるんで」
「え、」
「ほら」

 くるりと繋いでた手を返し彼の右手を見れば、そこには言われた通り同じデザインの指輪がはまっていて。それを見た瞬間、こんないい男がこの世にいていいのかと本気で思ってしまった。
 だって、クリスマスにイルミネーションの下で、サプライズで指輪渡して、本物はいつか渡す、って、

「イケメンずるい……」
「イケメンとちゃいます」

 生駒くんが普段彼のことをイケメンだといっているのにも納得してしまう。いや、確かに見た目もイケメンなんだけど、これはなんていうか、うん。

「……隠岐くん」
「はい?」
「なに食べたい?」

 ここまでしてもらっておいてなにも返さないわけにはいかない。彼は自分がしたくてやったと言っていたけれど、私だって彼のために何かをしてあげたいと思うのは恋人なのだから当然だと思う。
 勘のいい彼のことだ、私のこの考えにも気づいてくれているはず。せめて今日の献立ぐらいは彼の好きなものだけにしよう。
 そう思い問いかければ、少し悩んだ後熱のこもった目で私を見た。あれ、

「ナマエさん、なんてベタなこと言うたら、怒りますか?」
「は…」

 私今絶対間抜けな顔してる。いやでも、許してほしい。だって、今目の前の彼は、何て言った?
 思春期真っ盛りの男子高校生が一ヶ月近くも放って置かれたんだから、そういったもの、が溜まるのは分かる。分かる、けど。聖夜が性夜になるだなんて、そんなベタな。
 ぐっと奥歯を噛み締め、繋いでいた彼の手を引き歩き出す。後ろから伺うような視線を感じて、何とか声を絞り出す。

「スーパー、閉まっちゃうから、早く行かなきゃ」
「ああ…そうですね」
「隠岐くんの好きなもの作るから、まずはお腹いっぱい食べて、そうしたら……その後、で、いいですか」

 うわ、ちょっと噛んでしまった。恥ずかしい。けれど立ち止まったら顔見られてもっと恥ずかしい思いをすることも分かっていたので、いつもより早足で歩く。
 数秒置いた後、いやな嬉しそうな彼の笑い声が聞こえて。繋がれた手に力が込められたのを感じた。

「デザート、楽しみにしとります」
「で、デザートとか言わないで!もう!」


BACK | HOME