「ナマエ〜、ボーダーの先輩来てるよ」
「えー?先輩ってどの…」
「や、どうも」
「王子先輩…」
「ナマエ先輩」
「ん?なに、どうしたの京介」
「さっき支部の入り口で王子先輩に会って、先輩宛ての落とし物届けに来たって渡されたんすけど…仲良いんでしたっけ?」
「…え?」
「お、ナマエじゃん。こんな所でなにしてんだ?」
「ああ、公平。なにって…」
「王子先輩と約束してんだろ?食堂でお前のこと探してたぜ」
「………」
「え、なにその顔。そのために本部来たんじゃねえの?」
「いや、まあ…うん、教えてくれてありがと…」
「どういうことかお聞かせ願えますか」
「やあナマエ、きみが本部にいるなんて珍しいね。ああそうだ、せっかく久しぶりに本部で会えたんだし、よかったら一緒にランチでもどうかな」
「噓でしょ、すごいスルーされてる…」
出水との会話の後。ここ数ヶ月間嫌というほど名前を聞くこととなった張本人、もとい犯人の元へナマエは訪れていた。しかし問い詰めたところで当人であるはずの王子は普段の飄々とした態度を崩すことはなく。むしろ余裕綽々といった様子で、お昼のクロワッサンを口に運んでいる。
あからさまな行動の数々だっただけに問い詰めれば認めざるを得ないだろうと思っていたのだが、さすがは王子といったところだろうか。むしろ気にしてるこちらが自意識過剰なのではという意識さえ浮かんできてしまうような、そんな態度だった。
「まあ立ち話もなんだし、とりあえず座ったらどうだい」
昼を少し過ぎたとはいえ、まだまだ人はそれなりにいる時間帯だ。そんな中B級5位の隊長と、ここ最近否が応でも目立っている玉狛支部所属の隊員が言い争いのようなことをしているとなれば、さらに注目を集めてしまうのは必然で。
王子の言葉に少し悩みながらもしぶしぶ向かいの席に座れば、まだ口をつけていないらしい紅茶を差し出される。しかし今は彼の言葉通り一緒にランチしている場合ではない。
「…まず、ここ最近よく王子先輩のことを耳にするんですよ」
「本当かい?嬉しいね」
「今度は誤魔化す気ですか…」
「冗談だよ」
眉間にしわを寄せ始めたナマエにさすがに悪いと思ったのか、残り一口のクロワッサンを胃に収め小さく手を合わせ「ごちそうさまでした」と小さく呟くと、濃灰色の瞳がようやくナマエを捉えた。
そういえば、散々名前を聞いていたくせに、きちんと目を合わせられたのはこれが初めてだ。
「話を戻しますけど…そんな頻繁にうちのクラスとか支部に来てたら、目立つでしょう」
「うん、そうだろうね」
「…それに、本部でも私のこと探してるってよく聞くんですけど…そもそも私達、なにかを約束するような仲ではないですよね?」
「うん」
「………」
ようやく話を聞いてくれる気になり一歩前進かと思えば、どうやら状況はあまり変わっていないらしい。
回りくどい言い方をしてものらりくらりと躱す様子からするに、ナマエが直接的な言葉を言わない限りこの話は平行線をたどる一方だろう。王子はそれでもいいと思っているのかもしれないが、それではナマエが困る。
「ああもう。じゃあ単刀直入に聞きますけど、どうしてそんなに私に構うんですか」
いくら困惑しているとはいえ先輩ということもあり言葉はオブラートに包んだつもりだが、それでもずいぶん直接的な言葉になってしまった。
けれど今、毎日通う学校内だけでなく月に数回程度しか訪れない本部内でさえ、二人は付き合っているのだというあらぬ噂まで流れているとなってしまっては、最早ここまではっきり言う以外の道は残されていないのだ。
それでもやはり直接的な言葉に恥ずかしさを覚えつつもなんとかそう問いかければ、王子の眉がピクリと動いた。そして少し呆れた様子でため息をついたのだ。
「そんなの、きみに好意を持っているからに決まっているだろう」
「………いやいや、またそんな冗談を、」
「冗談だと思うかい?」
数ヶ月散々悩まされてきた。言いたいことは山ほどあるはずなのに、喉元で詰まった文句が一つも出てきてくれないのは、揄いの色を含んでいると思っていた瞳がまっすぐにこちらを見つめていたからだった。
まさかの展開に言葉を飲み込んだナマエも予想通りだったのか、王子は淡々と続ける。
「…きみもさっき言っていたように、今のぼく達は同ポジションの先輩後輩というだけだ。そんな時にきみに気持ちを伝えたとしても断られることは十中八九分かっていた。だからこそ、まずは周りから固めて、きみに、ぼくを意識をしてもらおうと思ってね」
本部内で会うときは互いに換装体でいることが多く、王子はいつも手袋をしている。けれど彼は今食事していたからだろう。その手には何もされておらず、几帳面に切り揃えられた爪が見えている。ナマエ自身はトリオン体なのだからわざわざ外さなくてもいいのにと思いつつ、そこが王子らしいとも思った。
想像よりも骨ばった手がするりとナマエの手を覆う。ゆっくりと指をからめ取られてしまうと、振り払うことは叶わなかった。
「さて、ナマエ」
「な、なんですか…」
「ぼくは本当の気持ちを伝えた。次はきみの気持ちを聞かせてもらえると…嬉しいんだけれど」
人当たりの良い爽やかな笑顔。この笑顔に何人が騙されてきたのだろうか。伺うような声色のわりにどこか自信満々なのは、きっと気のせいではない。
一歩間違えれば悪い意味で目立ってしまうような行動をわざわざとり、おかしなあだ名を介することなく名前を呼ぶ。狭いように見えて実はパーソナルスペースが広い王子がなぜそんなことをしていたのか。
そんなの、一から思い返してみれば至極簡単なことだったのだ。ただナマエが、気づかないようにしていただけで。
「…そ、それについては、」
「うん」
「また改めて…っていうのは…」
「…あはは、面白い冗談だね」
少し気になる間があったにも関わらず変わることのない笑みに、地雷を踏んだと思うも時すでに遅し。咎めるように強められた力に、ナマエはいよいよ頬を引きつらせる他なかった。
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