ボーダーが所有するマンションもとい寮は、元々小さな子供がいる世帯へ向けた作りのため、おそらく一般的な学生が住むための部屋より少しばかり広い。地方からのスカウト組がいざ入寮するにあたり説明を受ける際、その広さに驚くのが通過儀礼のようなものになっているほどだ。
 総合管理部曰く、日々近界民と戦ってくれることへの労いのようなものらしい。しかし実際は警戒区域近くということで管理会社が手放したものをボーダーが安く買い取った、言ってしまえばたまたまから生まれたものなのだが、まあ住む人間にとってはメリットしかない状態なので特に文句が出たことはない。ただ、ものは言いようなのだなと、水上は大人の言い回しと考え方を覚えただけだ。
 まあゴタゴタと並べはしたが、要するに。
 おそらく高校生という身分では大半の人間がもらえないであろう、言葉通り"かなり豪勢な自分だけの城"というものを手に入れたことが、水上にとってはとても重要、かつ満足感を得られることだった。
 そんな城の中でさらにお気に入りの場所が、初めて給料が出た際購入したブラウンのソファだった。
 そのソファは178cmという身体を少し縮めれば寝られなくもない程度には大きいもので。一人暮らしの身では少しばかり持て余すかとも思っていたのだが、ナマエが部屋を訪れるようになってからというもの、すっかり定位置となるぐらいにはお気に入りとなっていた。
 そして今日も今日とて。約二か月ぶりに重なったオフを、二人はそのソファでのんびり過ごしていた。はずなのだが。

「先輩…せまいし重いんですけど」
「ええやん別に。外めっちゃ寒いんやから、暖とらなあかんやろ」
「いや、外めっちゃ晴れてますよ」

 こぶし一つ分空いていたはずの距離は、あれよあれよという間に詰められていて。それどころか気が付いた時には押し倒され、すっかり抱き枕のごとく、ナマエは身動き一つできない状態にされてしまっていた。
 文庫本は床に落ち、読んでいたページも分からなくなっている。せっかく新しい展開で面白くなってきたところだったのに。
 ナマエの胸元に顔を埋め、わざとらしい言い訳を並べる水上の肩を呆れも含め押し返すも、特段気にしている様子はない。なんだかんだ言いつつナマエが本気で嫌がっていないことを、水上も分かっているのだ。

「あー…じゃあ、ホームシックで寂しいねん。慰めてや」
「いやいや、こっち来て何年経ってるんですか。いい加減慣れましょうよ。というか、"じゃあ"って言っちゃってるし」
「えらいまくし立てるやん…まあ、ホームシックはさすがに嘘やな」
「知ってます」
「せやけど、せっかくのデートに彼女が本読んでてぜんぜんこっち見てくれへんから、寂しいのはほんま」
「お、おお…」
「分かったら慰めてくれ」

 猫のごとくすりすり顔を寄せる水上からは、やわらかな石鹸の香りがする。ナマエが自宅を訪れた際寝汗をかいたからと朝からシャワーを浴びていたらしく。出迎えてもらった時からほのかに香っていたそれを堪能するように、ナマエは水上の柔らかな髪に顔を埋める。

「あーふわふわ…眠くなりそう…」
「誰がブロッコリーやねん」
「いや言ってない」

 すんすんと鼻をわざとらしく鳴らしながら香りを追うと、自然と寝転んでいた身体が持ち上がり、水上の頭をナマエの胸が包み込む。
 もちろんその柔らかさを堪能するつもりで最初からナマエを押し倒したものの、意図せず押し付けられるとなんというか、そう。まずいのだ。

「…ちゅーかあかん。そういうことされると普通に勃つ」
「え、嘘でしょ」
「残念ながらほんまや。すんで」
「ええぇ…え、あっ、こっ行動が早い!」

 案の定反応してしまった下半身に水上は、まあこうなった以上は仕方がないとあっさり考え直し、ナマエの静止よりも先に服の中へ手を滑り込ませ下着のフロントホックを外してしまう。
 普通であれば背中側にあると思うはずのホックが今回は前にある、と。まるで最初から知っていたかのような素早いその動きに驚くナマエに、水上は顔色一つ変えることなく。それどころか着々と衣類を剝いでいきながら淡々と応える。

「よーく見れば分かんねん」
「何をですか」
「胸の形。フロントやと少し盛り上がっとる」
「…はああぁもおおぉ…」

 最悪。そう呟こうにも「俺しか分からんから安心し」などと言い出す始末。
 そもそもそんなところじっくり見てるのあなただけですよという言葉は飲み込んで、ナマエはすっかり露わになった胸元に、心なしか嬉しそうに顔を寄せる水上の頭を、苦し紛れに軽く叩く。

「こんな真っ昼間から…絶対隣に聞こえる…」

 水上の部屋は三階の角部屋。つまり隣人は一人しかいないのだが、その隣人こそが、まさしく水上のチームメイトでもありナマエの同級生でもある隠岐孝二の部屋なのだ。彼は積極的に他人を揶揄うような人間ではないし、おそらく藪蛇にならぬよう何も言わずにいるだろう。が、それでも、いち友人に"そういう事をしていた"と知られるのは、さすがに恥ずかしさで爆発するのではと思う。
 しかしそんな彼女の心配もどこ吹く風。水上はやや乱暴に部屋着のTシャツを脱ぎ捨てると、震える白い双丘の先端をぺろりと舐め上げる。

「心配せんでも、今日アイツおらんから大丈夫やろ」
「え、っあ、な、なんでそんなこと、知ってるんですか、んっ」
「ナマエが来るから、イコさんとどっか出かけろ言うた」
「…それ生駒さんにもバレてるやつじゃないですかぁ……」
「いやあの人は気付かんやろ…ちゅうか、もうええから」

 足を掴まれ引き寄せられると、ナマエの太ももになにやら硬いものが触れる。あんな気の抜けた会話をしながら、すでに臨戦態勢と言わんばかりのそれに、ナマエはいよいよ身を委ねる他なかった。


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