※個人カラー企画で書いたもの
輝→パーソナルカラー:レッド
「初めて見るな、それ」
それまでソファで静かに缶ビールを飲んでいた輝が、隣に座るナマエの手元を覗き込んだ。鏡に集中していたナマエはそれが自身に向けられたものだと気付かず。一瞬遅れて、輝の目線が自身の手元の物を指していることを理解する。
「似合いますか?」
くるりと向きを変え口角がにっこり引き上げられた唇には、鮮やかな赤が乗せられている。白い肌と正反対のコントラストが、妙な艶やかささえ感じさせた。
「ん、似合う。買ったのか?」
「いえ、サンプルでいただいたんです。ほら、私この前口紅のCMに出たじゃないですか」
「ああ、あれだろ?赤だけで結構種類が出てるやつ」
「そうそう。あなたに似合う赤色を見つける、ってテーマらしいんですけど、その時私が使ったのがこれで」
「可愛いでしょう?」と蓋を閉めたそれをゆらゆらと遊ばせる指先には、唇とは正反対の淡いブルーが乗せられていて。
違和感の正体はこれかと、輝は内心納得をする。普段のナマエは、どちらかといえば寒色の物を身につけることが多く、口紅やネイルも淡いピンクや今のようなブルー系ばかりで。また彼女自身のライブカラーがラベンダーということもあってか、ナマエに暖色の赤、というものが結びつかなかったのだ。
だからこそ林檎のような赤色が使われることに、どこかで妙な感覚があったのだろう。けれど似合っていないかと言われればそんなことはなく。さすがイメージモデルに抜擢されただけはあると、無意識に頭に浮かぶぐらいには見慣れぬ赤も似合っていた。
「珍しいと思ったんだよ、ナマエがあんまり使わない色だったから」
「あー…まあ、こういう強い赤色って、なかなか使いにくいというか…」
やはり本人も薄々自覚はしていたらしく。どこかばつが悪そうに目を逸らし、くるくると口紅を出したりしまったりしている。
普段から好んで着用し、しかも自身のライブカラーでもある赤色が使いにくいという気持ちは、輝にはなんとなく理解のし難いものではあったが、それらを化粧品と一緒にしては怒られそうだと口を閉ざす。
それに、使いにくいというならば、それこそ今度自身が赤色の物を、なにか見立ててやればいいだけの話であって。スタイルの良いナマエならばどんなものが似合うだろうと考えれば、それだけで楽しくなれる。
さっそく明日にでも買い物に行くかと考えていると、未だうんうんと唸っていたナマエが、「…なんだか、」と思い出したように呟く。
「赤って大人なイメージがあるんですよね。だから、なんとなく使いにくいのかも」
どうしてそう思ったのだろう。何かきっかけがあるはずだと、ナマエは記憶の抽斗を開けていく。すると奥の方、不意に闇が顔をのぞかせた。
暗闇の中、聞きなれない音が響く。触れた手はひどく熱かった気がする。ナマエ、と。名前を呼ぶ声には抑えきれない感情が込められていて。震える声で応えれば、近づいてくる濡れた赤は燃えるようだった。
「………」
なんてことだ。思い出した、いや思い出してはいけなかった気がする。
この間、約0.5秒。一瞬にして蘇った光景に、自身でも信じられないと顔を引きつらせながらも、それがきっかけになったことはまず間違いないだろう。なぜ断言できるって、そんなの、
「ナマエ」
「え、あ、は、っ」
記憶を遠ざけようと必死なナマエの脳内に、同じ音が響く。戸惑いの中ほとんど無意識のうちに声の方へと振り向けば、次の瞬間には、頭の中を占拠していた本人の顔が目の前にあった。
軽く音を立てて、理解の及ばぬ間に離れていく。あまりに自然な流れすぎて目を閉じる暇さえなかった。未だ鼻先が触れるほどの距離にある赤い瞳が、あの時と同じ、焼けそうなほどの熱を持ってナマエを見つめる。
「い、きなりどうしたんですか…」
「いや、赤色で大人になるって、なんかいいなーって」
「俺の色だし?」と嬉しそうに笑う様子に、言わんとしていることを察してしまい。なおかつ、かつての記憶に一人羞恥を感じていたことを、ぴたりと言い当てられたような気がして。ナマエは苦虫を噛み潰したような顔で目の前の男を睨んだ。
しかしその頬はうっすらと赤くなっており、当たり前のごとくそれに気がついている輝は、にやにやと笑みを隠さない。
「…輝さん、発想がやらしいですよ」
「やらしいことしてる恋人同士だからな」
苦し紛れについた子供のような悪態にも、笑いながらナマエの頭をわしゃわしゃと撫でる。もはやなにを言っても大人の余裕で躱されてしまうことを早々に察し口を紡ぐが、それでもこの妙な悔しさと恥ずかしさは拭えない。
「ほら、拗ねるなって」
「拗ねてな、っんぅ」
頭を撫でていた手がするりと肩へ滑り、目を合わせようとしないナマエの身体をやや乱暴に引き寄せ、再び唇を重ねる。ご機嫌をとるように付いては離れを数度繰り返すと、最後に端をぺろりと舐め離れていった。
「…口紅、移っちゃいますよ」
不恰好に色のついた唇を親指で軽く拭う。今更遅いというのは分かっているが、そのままだといかにも、キスをしましたと主張しているようで恥ずかしいのだ。あとは、妙な罪悪感が生まれてしまったから。
そんな思いを隠すように唇を拭う小さな手を、輝の手がやんわりと止めた。そうしてそのまま愛おしそうに頬を寄せると、伺うような視線でナマエを見やる。
その瞳が、抽斗の奥底、無意識のうちにしまい込んでいた記憶と同じ熱を帯びていて。瞬間、腹の奥底から湧き上がる感覚に、ナマエの身体はその動きを止めてしまう。
輝さん。聞き慣れた音になるはずだったものは、乾いた喉の奥で消え失せる。
「もっと移してくれよ、ナマエ」
吐息が触れる。寸前に見えた瞳も、薄く開いたそこから覗く舌も、拭えなかった口紅も。
全ての赤が溶け身体の中に流れ込む感覚に、ナマエはただ喜びに震えることしかできなかった。
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