※個人カラー企画で書いたもの
悠介→パーソナルカラー:ペールレモン・鮮やかな黄色
付き合い始めてから恒例となっている、週一回のお泊まりの日。夜まで仕事があるという悠介の帰りを待っていたナマエは、仕事の合間に溜まってしまった洗濯物を畳んでいた。
時刻は午後六時。悠介はまだ仕事中だろう。畳み終えたら洋服をしまって、ご飯の準備をして。──脳内でこれからの予定をなんとなく立てつつ手を動かしていると、不意に冷えた空気が首筋を掠め、思わず肩をすくめる。
暖かくなってきたとはいえ、日が落ちるとやはりまだ肌寒い。残った山の中からパーカーを引っ張り出すと、ナマエは迷うことなく袖を通した。
「…ん?」
けれど頭から被った瞬間、違和感を覚える。被る口の大きさ、腕を通す時の袖、首や腰回り。その全てが、妙に大きいのだ。
もしかして痩せた?いやでも体重は変わってないし。頭の上に疑問符を浮かべながらおもむろに立ち上がると、その答えはすぐに見つかった。
「あ、これ悠介くんの……え、待って……え?」
鮮やかなイエローのパーカーは、付き合い始めた頃に「身長も近いから同じもの着られるね」なんて、今思えばとてつもなく初々しい会話をしながら購入した物だ。
「……え、嘘、こんな余る…?」
戸惑いを隠せず、再度確かめるように肩や脇辺りの布を、掴んでは離すを繰り返し。数度目でようやく、それが現実だと認識をした。
袖を通した瞬間少し大きいというのは分かっていたが、立ち上がったことでそれはより顕著に現れた。
だぼつく肩や脇などの腕回り。腰部分も大きすぎて変に広がってしまっている。視界の端にある姿見に映る不恰好な自身の姿に、ナマエは驚きを隠せなかった。
「悠介くんの服、こんなに大きいんだ…」
悠介、イコール、小さくて少し可愛い歳下の恋人、という認識になっていたナマエにとって、改めて目に見える形となったこの事実は、少し新鮮なものでもあった。
といっても、冷静に考えればこれはごく当たり前のことで。一線を退いたとはいえ悠介は元プロのサッカー選手で、なおかつ今でも現役の頃の癖が抜けないのか、膝に負担をかけない程度ではあるものの日々のトレーニングは欠かさないでいる。年齢もまだ十八歳と若く、これから成長もしていくだろう。
なにより最たる理由として、男女の差というものがある。ナマエが痩せ型の体質であるというのももちろん理由の一つではあるが、それでもその差は埋めようのないものなのだ。
ああでも、とそこまで考えてナマエは思い出す。いくら可愛い歳下と思っていても、恋人として付き合っているのだからもちろん異性というのは分かっている。そういった接触も、数回程度だがある訳で。毎回必死なためハッキリとは覚えていないが、たしかに脱いだら細身ではあるもののしっかり筋肉はついていた気がする。
「…いやいや、何考えてるんだ」
止めておこう。なんだかどんどん墓穴を掘っている気がする。とりあえず本人が帰ってくる前に早く脱ごう。見られてたら恥ずかしさで死んでしまう。
脳裏に微かに浮かんできた記憶を払い除けつつ、脱ぐため裾に手をかけた瞬間、玄関の開く音と共に「ただいまー」と元気な声が響いた。
え、嘘でしょこんなテンプレなタイミングに帰ってくる?漫画のような、ある意味で信じられないほどベストなタイミングで聞こえた声に慌てている間に、いつものように返事がないことを不思議に思ったらしい悠介が「ナマエさん?」と、少し小走りでリビングへとやって来る。
「お、かえり悠介くん…」
当たり前だが、一人暮らしなのだからそこまで広い自宅ではない。声がしてからものの数秒で顔をのぞかせた悠介に、現状がばれないようにと咄嗟にエプロンを掴み、余った部分を隠すように後ろ手で紐を結んだ。
「ごめんね、ご飯、まだできてないんだ」
「え、あ、うん」
逃げるように台所に立つナマエを、疑問だらけの視線が追う。それに必死に気付かぬふりをして、冷蔵庫から野菜を取り出し、誤魔化すように手荒く洗いだす。勢いよく流れる水の音をBGMに、ナマエの脳内はフル稼働していた。
どうする。咄嗟にエプロンで隠したが、ご飯中はそれも脱がなければいけない。そもそも料理中に着ていたら汚してしまう可能性もある。自分が洗ったとはいえ、人の服汚す訳のははばかられる。
かといってここで着ていたものをいきなり脱ぐのも変だ。そもそも、本人のない間に服を着ていたなんて、そんな付き合いたてのカップルみたいなこと。偶然起きた出来事とは言え恥ずかしすぎる。それだけは絶対に避けたい。羞恥で死んでしまう。
とはいえ、このままリスクを抱えたまま過ごすのだけは勘弁したい。変なところで勘のいい悠介のことだ、挙動のおかしいナマエに違和感を覚えているだろう。
いや、待て。よく考えてみれば、そもそも二人は同じものを持っているのだ。ならばへたに動くよりも、さも『自分のものです』といった顔で、着たまま一日を終えた方が良いのではないだろうか。もしくは、先にお風呂へ入ってもらいその間に自分の物に着替える。…それだ。それが違和感なくこの場から悠介を移動させ、なおかつ服を汚す心配も見つかることもない。
「悠介くん、先にお風呂…、」
入ってくれば?そう続くはずだった言葉は、喉の奥へと引っ込んだ。振り向いた瞬間、テレビに向いているだろうと思っていた悠介の視線が、じっとこちらを射抜いていたからだ。
「ナマエさん、それ……オレのパーカーじゃない?」
ひゅんっ、と喉が鳴った気がした。
「ち、がうと思うけど…」
「えー?うーんでもなんか、少しデカそう…」
「いやいやいや、そんな事ないって」
別に悪いことをした訳ではないのに。真相を探ろうとするその瞳から逃げるように、ナマエは視線を手元に戻す。
「う、あっ」
「あ、やっぱりオレのだ」
いつの間にか背後に立っていた悠介が、襟首を軽く引っ張り背伸びをして覗き込んだ。わずかにうなじへ触れた指先に肌を粟立たせながらも、「ゆ、悠介くん…っ」と急な体勢に声を上げれば、身体はあっさりと解放された。
「同じの買ったしサイズ感も似てたから、オレのって分かりやすいようにタグの部分少し切ってたんだ。だから間違えないって」
言われて即座に触れてみれば、たしかにタグの先端が肌に触れても違和感ない程度に切られている。確認したことで確信を持ってしまった悠介は、悪戯を思い付いた子供のような目でナマエを見上げる。
やってしまった。数分前まで避けたくて仕方のなかった出来事が、想像通り起きてしまった。逃げるように背中を向けると、「ナマエさーん」と甘えた声で呼ばれる。
「こっち向いてよ」
「い、やいや無理…これ脱ぎたい…」
「ええーなんでー」
楽し気な声と共に背後から伸びてきた腕が、流れたままになっていた水を止める。そしてそのままするりとナマエの腹の前に回ったと思ったら、確かめるようにきゅっと締められてしまった。
「ちょっ、悠介く、」
「サイズそんなに変わらないのに、ナマエさんだとずいぶん余るんだね。やっぱり細いから?」
「や、わ、分からない…」
「…可愛くていいなあ」
ずり落ち、あらわになるナマエの肩口へ顔を埋め、悠介はうっそり呟く。肌に触れる熱のこもった声が再び記憶を呼び覚まし、ナマエの身体の動きを奪っていく。
すっかり力の抜けたナマエが抵抗しないことを悟ったのか、悠介は彼女の肩を掴みぐるりと回転させると、正面から抱き合う形へと変えた。
なお逃げるように俯くナマエの顔を、子犬同士が鼻を擦り合わせるような仕草で覗き込む。身長がほとんど変わらないせいで、覗き込まれるとその瞳からは逃げたくても逃げられなくなってしまうというのを、悠介は分かっているのだ。
「…ね、ナマエさん」
「っだ、駄目だからね…!?」
「オレまだなにも言ってないよー」
目が語ってるんですよ、目が。わざとらしく口を尖らせ抗議しながらも、逃すまいと、腕はがっちりナマエを捕まえている。
「ねー、ナマエさーん」
こうなってしまった悠介は止められないというのは、ナマエも痛いほど分かっていた。
ぐりぐり頭を押し付け早くしろ返答を急かしている。
「…せ、」
「ん?」
「洗濯物、悠介くんが、干してくれる、なら…」
か細く、最後の抵抗とばかりにそう発すれば、ナマエの言わんとしていることを察したのか、悠介は「そんなの当たり前だって!」と満面の笑みで答えた。
恥ずかしさに耐え誘いに応じたナマエであったが、結局この後、これがきっかけで"自分の服を着たナマエ"がお気に入りとなった悠介に、さらに色々な意味で翻弄されることになるのだが──この時の彼女は知る由もなかった。
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