※個人カラー企画で書いたもの
大吾→パーソナルカラー:スカーレッド


 からから引きずるような音を立て、ナマエは浴衣が崩れぬよう気を遣いながら、必死に走っていた。
 慣れない格好で無理をするのはいけないと理解しつつも、時計の針が待ち合わせの時刻よりも進んでしまっていては慌てるのは当たり前だと、誰に対するでもない言い訳を並べながら。
 ナマエが慣れぬ格好でこんなにも頑張ることになった発端は、彼女自身が発した何気ない一言だった。

 互いにソロでの仕事が終わり、午後のミーティングまでの空き時間のこと。お昼の番組で組まれていた『夏祭り特集』を、事務所の机に広げたお菓子を食べながら、大吾と共に見ていた時だった。
『夏祭りかあ…行ったことないんだけど、どんな感じなのかな』
『…実はワシも行ったことなくてのう』
『そうなの?なんか大吾くん、いっぱい行ってそうなイメージなのに』
『どんなイメージじゃそれ』
『うーん、なんとなく』
『…ああ、じゃあちょうどいいけぇ。来週一緒に行かんか?うちの近くでやるってチラシが入っとってのぉ』
『…え?』
『…都合悪いかのぉ』
『あ、いや、そんな事ないよ。一緒に行こう』
 同年代の子と行った方が良いんじゃないの。咄嗟に出そうになったその言葉をナマエが飲み込んだのは、こちらを見る瞳が、普段見るような野菜いものではなかったからかもしれない。
 結局戸惑いつつ了承の返事をし、自宅に帰ってから大慌てで浴衣を購入したのだが、よく考えたら別に浴衣でなくても良かったのでは?お祭りといえば浴衣なイメージがあったが、そんなルールはどこにもない訳で。むしろ準備に時間がかかったし。
 疲れてきた足のせいか、走ったことによる酸素不足か。どんどんとネガティブな考えが浮かんできたものの、角を曲がり見えた姿にそれらは一気に吹き飛んだ。

「だっ、大吾くん!遅れちゃってごめん…!」

 最後の力とばかりに少しスピードを上げて駆け寄り、同時に謝罪の言葉を述べる。止まった瞬間押し寄せる疲労感にライブ時にも似た感覚を覚えながら、ナマエは伺うように大吾を見上げた。
 気にするなと、いつものあの調子で言うとばかり思っていたのその表情は、ぽかんと驚いたようにナマエを見下ろしていた。

「大吾くん?」
「…あ、ああ、すまんすまん。ぶち別嬪さんが来たと思うたらナマエじゃったけえ、ちと驚いてのぉ」
「は、」
「赤い浴衣、ええのぉ。よう似合うとる」

 もしかして怒らせてしまったのかと一瞬焦るも、杞憂。照れ臭そうに頬を掻きながら、むしろ予想外のとんでもない言葉を吐く。
 なんというか、将来が恐ろしい。この子本当に十四歳?こんな言葉をサラッと吐くなんて、なかなかできないよ。
 濃いスカーレッドの中に大小様々な白い花が散りばめられ、派手さの中にも柔らかさを残している浴衣は、淡いものばかりが並ぶページの中で、その存在を遺憾なく発揮していて。ほとんど一目惚れに近い状態で迷うことなく購入したのだが、まさこここまで言ってもらえるとは。
 ナマエ自身モデルもしているためか服関連で褒められることは多いが、ここまで照れてしまうのは、おそらく大吾という人間が言うからこそだろう。「あ、ありがとう…」小さく呟きながら、赤くなっている顔を隠すように俯く。
 そんなナマエとは裏腹に、発言の張本人である大吾は恥ずかしげもなく、不思議そうな顔で彼女を見ている。

「どうしたんじゃ。ほれ、行くぞ」
「はは…うん…」

 これまた当たり前のように差し出された手に、本当に全て素でやっているのだと実感せざる得ない。彼の言動に対してあまり真面目に考えない方が良さそうだ。そう察したナマエは、素直にその手を握り返した。


 ナマエが違和感を感じたのは、歩き始めてから二時間ほど経った頃だった。
 繋いだ手を軽く引き寄せ声をかければ、大吾は一瞬不思議そうな顔をしたものの、すぐにナマエの意図に気が付いたらしく。彼女の足元へと目線を向けた。

「鼻緒擦れか?」
「うん、そうみたい。ごめんね、ちょっと絆創膏買ってくるから…」
「あー、行かんでええけぇ。そこに座り」

 慣れない下駄で走ったこともあり、案の定鼻緒擦れを起こしたらしい。意識した途端じくじくと痛む指の間に、このままでは歩くこともままならないだろうと思うも、運の悪いことに慌てて出たため絆創膏を持ち合わせていない。
 悪化する前にとした提案を、大吾は即座に却下し。代わりにナマエをベンチに座らせると、甚兵衛のポケットを漁り始めた。

「ほれ、足ここに乗せ」

 ここ。そう言いながら自身の腿を叩く大吾に、ナマエの身体が固まる。
 散々歩き回って、下駄だから少し砂埃も付いてしまってて、あげく血も滲んでいる足を、そこに乗せろと?いやいや、いやあ。

「汚いので止めましょう…」
「ええから。そのままにしとく訳にもいかんじゃろ」
「う、えあああ…」

 大吾は有無を言わさずナマエの足首を掴むと、無理やり膝の上に乗せてしまう。掴まれてしまっては浴衣である以上抵抗できず。なによりしたところで怪我でもしてしまったら、それこそ本末転倒だ。
 五つも年上なのに、十四歳の子に怪我の世話をしてもらうだなんて。ナマエは恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいなりながら、覆った手の隙間から治療の様子を伺う。
 ティッシュで怪我部分の汚れを取って、絆創膏を痛みがないよう二重に貼って…。そのあまりの手際と準備の良さに、ナマエの中で当初から薄々感じていた疑問がついに確信へと切り替わった。

「ほれ、できたぞ」
「あ、ありがとう…あの、大吾くんさ、」
「ん?」
「お祭り、来たことあるでしょう」

 いくつか食べ物を買っていた時「やっぱり定番が一番じゃのう」と言っていたこと。初めてと言うわりには、花火が見やすい位置を把握していたこと。そして今回の絆創膏。行ったことがないにしては準備が良すぎる。
 ナマエの言葉を聞いた途端、しまったといった顔で視線を彷徨わせた後、まるで悪戯が見つかってしまった子供のように唇を噛み締めた。その反応に、予想は当たりだったのだと最後の確信を得る。

「あの、ごめん。責めてるわけじゃなくて…私に合わせてくれたんだよね?」

 大吾自身もあまり周囲にプライベートを晒さないため、どういった人生を歩んできたのかナマエも知らないことが多いが、それでもこれまでの様子からして、行ったことがないという言葉が嘘だということぐらいは理解できた。
 だからこそ、会話の流れで咄嗟に気遣ってくれたのだろう。優しい彼の性格から考えてそうに違いないと考えたナマエは、気まずそうな大吾にそう尋ねる。
 しかしその言葉を聞いた途端、大吾は眉間にしわを寄せてしまった。ひどくむずかしい顔だった。

「…たしかに、祭りに行ったことないなんてのは嘘じゃ。でもナマエに合わせたいうのは、ちと違う」

 覚悟を決めたような声色に、ナマエの身体が一瞬強張る。思わず引いた足が逃げないようにだろうか。掴む手にはわずかに力が込められた。

「あ、あの、大吾く、」
「ワシがどうしても、ナマエと行きたかったんじゃ」

 親指がするりと足の甲をひと撫でし、労わるように下駄を履かせる。ゆっくりと地に着いたはずの足は、どこか別の世界をさまよっているようだった。

「祭りに行ったことがないって聞いた上で、面と向こぉて"一緒に行こう"って言われたら、ナマエじゃったら絶対に行ってくれる思うて。つい嘘をついてしもぉた」

 恥ずかしいのだろう。大吾の顔はこれまで見たことがないぐらい赤くなっている。それでも決して目を逸らそうとしないのは、真っ直ぐな彼の性格ゆえなのだろうか。
 ──ああ、落ちるというのは、こういうことか。
 屈託のない言葉と視線は、ナマエの胸をひどくかき乱し。けれどあるべきところに収まったとでも言いたげに、明確な名前を持ってそこに居座り始める。

「…大吾くん」
「…ん?」
「また来年も、一緒にお祭り来よう。それで今度は…あの…私から誘わせてほしいな」

 ここで誤魔化して、自分の気持ちを伝えないのは卑怯だ。なけなしの勇気を振り絞って発した言葉は、それでもやっぱり小さくなってしまった。最後までなんて情けないんだ私は。

「…いや、来年もワシが誘う」
「え、」
「でも、とりあえずは今度デートに誘わせてもらうけぇ。待っといてくれ」
「でっ、う、うん…」

 きっと彼の言動には、これから先ずっと困惑させられるのだろう。
 そしてその度今日のことを思い出し。その甘酸っぱさ初々しさで、ナマエの胸をかき乱すのだ。





BACK | HOME