※お薬を扱う某中華ファンタジーアニメで、中の方の演技がとてもすごく良かったので思わず眉見で書いてしまいました。若干のクロスオーバー的な要素を含みます。


「声優のお仕事?」
「はい。漫画…というか、ライトノベルが原作のもので」

 数週間前。眉見へ直接オファーが来ているとプロデューサーから渡されたのは、ライトノベルを原作とし、その後月刊誌での連載を経てアニメ化が予定されている人気漫画。その声優という、なんとも珍しい仕事だった。

「あ、それ知ってる。前から面白いって言われてたやつだよね」
「ナマエさんは読んだことがあるんですか?」
「うん。無料期間に読んだら面白くて、その後電子書籍で買ったんだ。…あ、よかったらタブレット貸そうか?」
「いいんですか?」
「もちろん。鋭心くんもキャラクターがどんな人物なのか、ちゃんと勉強したいでしょ?」
「はい。ありがとうございます」
「…それにしても、アイドルが声優かあ…正直、結構賛否ありそうだけど……」

 "声優"というきちんと名前の付いた職業があるだけに、素人が声のみで演じるというのは到底簡単なことではない。もちろん元々素質があったのか上手い人もいるにはいるが、そんなのはほんの一握りだ。
 原作が人気な以上アニメ化を望んでいた層というのは多くいる。ようやく待望叶ったと思ったら、主要人物を演じるのが声優としては素人同然のアイドルとくれば、それだけでよく思わない人はいるだろう。元々漫画を読んでいたナマエもその気持ちは嫌という程分かるのだ。
 ナマエの言わんとしていることは理解しているようで。眉見は少し考えるような素振りを見せた後、「秀にもそう言われました」と言った。

「原作が人気だから、最初は余計に色々言われるだろう、と」
「さすが秀くん…」

 そもそもアイドルだけでなく、人前に出る仕事をしている以上、その一挙手一投足に賛否というものは必ずある。両親が俳優である眉見もその辺りはよく分かっているのだ。
 ただ、今回については少し毛色が違うというか。それとはまた少し根本が異なっているのだが、その辺については、いわゆる漫画やアニメのオタクではない眉見には理解できないだろう。少なからず批判があると当人がこうして分かっているのならば、そこまで心配はないのかもしれないが。

「ところで、今回オファーだって言ってたよね?監督さん、どこで鋭心くんのこと見つけたのかな」
「なんでも、C.FIRSTのラジオを聞いてくれていたらしくて。そこで手紙を読み上げているときの俺の声が、今回演じるキャラクターにぴったりだと思ったみたいです」

 C.FIRSTのラジオといえば、メンバーのうち二人はまだ未成年ということもあり、夜九時から三十分だけしか放送をしていない、ほとんどファンだけに向けて発信しているといっても過言ではないニッチな番組だ。それをまさかアニメの監督が聞いていたとは。その話を聞いたときは、プロデューサーも眉見も同じように驚いたそう。仕事のきっかけとはどこに転がっているのか分からないものである。
 そうして今回眉見が演じることになったのが、作中では大変見目麗しいとされる男性キャラクターで。プロデューサーも詳細を聞いた際、何故眉見がと思う程度には正反対の設定ではあったが、逆にいえば眉見の新しい道を開くきっかけにもなると思ったらしい。
 監督直々のオファーということは、素人ということを差し引いても眉見を使いたいと思うほど、ラジオで聞いた声が魅力的だったということなのだろう。

「そっか。…じゃあ見出してくれたことに感謝しなきゃだね」
「そうですね。期待に応えられるよう尽力します」

 始まる前にあれこれ考えても仕方がない。アイドルという、そもそもの畑が違う以上できることは、有難くもいただけた仕事を全力でこなすことだけだ。
 眉見もそれはよく分かっているようで。ナマエの言葉に小さく微笑んでいた。



「鋭心先輩、アニメ見ましたよ。すごく良かったです」
「僕も見たよ。一瞬マユミくんって分からないくらいだった。…あ、もちろん良い意味でね」
「ああ。ありがとう二人とも」

 第一話の放送を終えた翌日。事務所での打ち合わせが終わるや否や、天峰と花園はそろって眉見を褒め称えた。ずっと言いたかったのだろう。天峰に至っては、打ち合わせの最中からどことなくそわそわしていた程だった。
 ──二人の言葉通り、放送後の反響は思っていたよりも大きかった。前評判があまり良くなく、正直な話それほど期待されていなかったというのも理由の一つなのだろう。悪いものから一気に良いものになるというのは、その分反響が凄まじくなるということだからだ。
 ネットでは「あの声優さん誰」「すごくいい声」「アイドルってことは声優としては素人?やば」「かっこいい。他にも出てほしい」といった風に、中々に肯定的な感想であふれていた。まだ一話ということもあり今後も気は抜けないが、出だしは上場といったところだろう。
 それは監督もこれ以上ない程実感したようで。C.FIRSTは今日十五時過ぎに打ち合わせのため事務所へ集合するはずだったのだが、監督からの賞賛の電話により、眉見とプロデューサーは十分ほど遅れて事務所へとやってきた程だった。

「ナマエさんは?放送見ましたか?」
「うん。ちゃんとリアルタイムで見たよ」
「流石ですね」

 C.FIRSTが打ち合わせをしている途中で事務所へやって来たナマエは、会議終了後一旦休憩だと自席に戻ったプロデューサーと共に、小声でそんな会話をしていた。

「鋭心さん、いい演技しますね。キャラクターっていうのもありますけど…あの甘い声。私もびっくりしちゃいました」
「…甘い、声」
「はい。特にあの、後ろから耳元で囁くシーンとか」
「………」
「ナマエさんはそう思いませんでしたか?」
「え…あ、うん。そうだね。思ったよ」

 不思議そうにこちらを見るプロデューサーの視線に気付くと、ナマエは慌てて肯定の言葉を返す。
 その後もプロデューサーは鋭心の演技を褒めていたが、ナマエの耳にはほとんど聞こえていなかった。
 ──甘い声。甘い声、ね。確かに甘かったのかもしれないが、聞いた瞬間すぐに分かった。あれは全て、何もかも作られた声音だった。
 ナマエ知る眉見の"甘い声"は違う。あの声よりはもう少し低く、もっと溶けそうな程ゆったりとしたもので。囁かれた音は脳内で重く響いて、けれどするりと体内に入り込んで、中から、ぐずぐずに甘やかすように、身体の奥底へと広がっていくもので──、

「……いやいやいや」
「えっ、ど、どうしたんですか」
「うん…ちょっと、自己嫌悪してるだけ…」

 小さな奇声と共に突然頭を抱え始めたナマエを心配するプロデューサーだが、ナマエ本人はそれどころではなかった。
 何故自己嫌悪に陥っているのかって、そんなの当たり前だろう。
 年齢の割に大人びてはいるが、眉見はまだ十八歳の高校生。対してナマエは十九歳。たかが一歳差、されど一歳差。一般的に社会に出られる立場と、まだ学生の身。立場と意味合いが全く違う。
 そう言いながらも恋人になっている時点で意味はないのかもしれないが、それはそれだ。問題なのは、そうした、いち社会人であるナマエが、眉見の"甘い声"を思い出し、その甘い声が"どういった場面で聞いているものなのか"を、今この場で思い出してしまったことだ。
 ──二人分の体温で温まったベッドの上。少し湿った手に触れられ、暗闇にぼんやりと映し出された輪郭を濡れた視界の中探り当てれば、交わった翡翠の瞳が、嬉しそうにゆるりと細められる。そうしてゆっくりと耳元に寄せられた薄い唇から発せられる、あの声。
 ほとんど働いていない脳をさらに駄目にするようなその声は耳の奥で木霊し。こうして少し思い出すだけで、とんでもない羞恥としてナマエを襲うのだ。
 いくら恋人でも、一つしか違わないとしても。高校生相手に、しかもこんな真昼間にこの思考は流石にまずいだろう。世間的にも、倫理的にも。
 無意識とはいえとんでもない方向へ行っていた思考回路に、ナマエは自己嫌悪の波に飲まれ。大きなため息をつくのだった。



「昼間、プロデューサーと何を話してたんですか」
「…どうして?」
「ため息をついているのが聞こえたので」

 その日の夜。眉見の自宅を訪れていたナマエは、唐突に投げかけられた問いに思わず言葉を詰まらせた。
 急な訪問にも快く対応してくれたお手伝いさんが作った夕食を食べ終え、広いシアタールームで二人、大きなソファに並んで映画を見ていたときのことだった。

「いや、別に何っていうことは……大した話してないよ」
「じゃあ、何故ため息をついていたんですか?」
「た、ため息なんてついてないよ」
「いえ、確かに聞こえました」

 珍しく食い下がる眉見に若干気圧されつつも、言うわけにはいかないとナマエは否定する。かといって言い訳が咄嗟に思いつくわけもなく。あからさまな動揺を見せたナマエの様子に、絶対に何かを隠していると、逆に眉見は確信してしまったようだった。

「いやいや…鋭心くん、その時秀くんと百々人くんと話してたでしょ。気のせいだって」

 それでも最後の足掻きとばかりにそうこぼせば、流石の眉見も言葉を呑み込み。一瞬何かを考えるようなそぶりを見せた後、何故か「すみません」と謝罪の言葉を口にした。

「実は、聞き耳を立ててました。プロデューサーとの会話、全部」
「き、聞き耳…?」
「…生徒会の仕事で忙しいときでも周囲の状況に気を配れるよう、なるべく色々なところの会話を拾えるようにしてるんです。もちろん、しっかり意識的に聞けるのは、まだまだ少ないですが」
「え…」
「だけど、ナマエさんの声だけは違うというか…意識していなくても耳が拾ってしまうんです。それでため息に気付いてしまいました」
「ええぇ……」

 そんな聖徳太子のようなこと本当にできる人がいるとは。突然披露された特技に、聞かれたことに対する怒りなんて吹き飛んでしまい。ナマエは「なにそれえ…」と声をもらすことしかできなかった。
 しかしあの真面目を絵に描いたような眉見が、悪いと分かっていながらもナマエの会話を知りたいと声を追ってしまっていたというのは……正直あまり悪い気はしない。惚れた弱みというやつなのだろう。
 そして何より、ナマエにはどうしても眉見の追及をこれ以上誤魔化せない理由があった。──詳細はこの場では割愛するが、二人はお付き合いを始めたばかりの頃、互いを気遣いすぎたり言葉が足りなかったりしたせいですれ違いを起こし、大いに拗れたことがあり。結果として本当の意味で通じ合えることが出来はしたのだが、それでも二度とあんな思いをしないようにと、言いたいことと言うべきことはきちんと言い合おうと、絶対に守るべき約束として交わしたのだ。
 そんな大切な決まりごとを、恥ずかしいからなどという理由で破るわけにはいかない。何より、既に数度誤魔化したことで、若干眉見が不安、もといしょんぼりしていることに気付いてしまった以上、もはやナマエに選択肢は残されていないのだ。
 これは逃げられないと観念したナマエは、羞恥を感じながらもぽつぽつと話し始める。

「…昨日、一話が放送されたじゃない?」
「一話…ああ、アニメのことですか」
「そう。鋭心くんが秀くん達と話してるとき、プロデューサーともその話をしてて…鋭心くんの演技が凄いよねって、言ってて」
「それは…ありがとうございます」
「うん……それでさ、鋭心くんの演じてるキャラクターがさ、甘い台詞というか、甘い声…を出すじゃない?」
「そうですね。そういうキャラクターなので」
「……その声が、なんていうか…プロデューサー曰く、普段聞かないようなくらい甘い感じだったから、少しびっくりした、らしいんだけど……私はそう思えなくて」
「…上手くなかったってことですか?」
「ちっ、違う違う!そういうことじゃなくて…なんていうか…鋭心くんの甘い声って、実際はもう少し低くて、もっと、こう…優しくて……」
「……」
「…アニメのあの声って、どう聞いても、あからさまに"演技の甘い声"なのに、皆それに気付かないんだなあ、って…思って……」

 勢いに任せてここまで話したものの、最後に確信の言葉を紡ぐ寸前、喉の奥につっかえてしまう。けれど眉見は黙ったままじっとナマエを見つめ、先を促している。

「……そ、そこまで考えて、そもそも鋭心くんの甘い声を聞いたことないのが普通なんだよな、ってことに気付きまして……」

 無意識に多方面にマウントを取ってしまったことと、真昼間に眉見の"甘い声"とやらを思い出してしまったという事実に、自己嫌悪に陥り。結果ため息として出た、ということである。流石にその声がどんな場所で聞いていたものなのかまでは言わなかったが、勘の良い眉見のことだ。薄々は気付いているだろう。
 言葉詰まらせながらも白状したナマエは、言うにつれどんどん顔を赤くしていき。最後には「もう許してください…」と蚊の鳴くような声をもらした。

「………」

 全てを聞いた眉見は相変わらず黙ったままである。訪れた沈黙に、いっそ「そんなこと考えてたんですか」と罵ってくれた方がまだマシだとすら思い始めたとき。俯くナマエの頬を眉見の両手が包み込み。そのまま視線が交わるように顔を上げさせた。

「いっそ殺してほしい…」
「物騒なこと言わないで下さい」

 羞恥で真っ赤になった顔に、涙に濡れる瞳。むっとした唇。年上のナマエが時折見せる子供のような表情は、眉見のお気に入りでもあった。
 眉見は大きな瞳からこぼれそうな涙を親指で拭うと、ぐっと顔を寄せ、頬にちゅっと音を立て唇を落とす。赤いそこから伝わる熱が、ずくり、と心臓を動かした。ただ素直に「可愛い」という感想しか出てこなかった。

「あ、え、鋭心くん…、っ?」

 ぴくりと跳ねるナマエの肩に手を回し身体を密着させると、眉見は頬と同じく真っ赤に染まる耳元へ、そっと唇を寄せる。

「……ナマエ」

 わずかに吐息の混じる声に、たった一言名前を呼ばれた、その瞬間。ナマエの身体からは、かくんっと力が抜け。気付いた時には眉見に支えられるように、その腕の中へと収まっていた。

「あ、え…、?」
「…大丈夫か?」

 そう言いつつも、眉見の声に驚いた様子は一切ない。当たり前だろう。ナマエが自身の声に弱いと分かっていて、あえて耳元で囁いたのだから。
 しかも、甘い声と言われてまさしくナマエが想像した、普段のベッドの中で紡ぐ口調と同じように。わざとらしく敬語まで外して。

「身体、力が入らないのか」
「あ、まっ、鋭心く…っ、」

 なおも耳元で響く声は、ナマエの鼓膜を震わせながらするりと身体の中へと入り込む。そうして甘やかすように全身に広がっていき、最後には、腹の奥底をぐずぐずに溶かしてまうのだ。

「あぅ…っ、そ、それ止め、っ」

 眉見はすっかり力の抜けたナマエを膝の上に横抱きにする。声だけでなく体温まで感じられるような体勢になったことで、よりベッドの中を想像してしまい。ナマエはぎゅっとつむった瞳から、拭ったはずの涙がぼろりとこぼれるのを感じた。

「っわ…、」
「ん?」
「分かっててやってるでしょ……!?」

 それでも、疼くお腹の感覚にぐっと歯を噛み締めることで耐えたナマエは、代わりに腕に力を込め、眉見の身体を引き剥がした。
 自分でやったにもかかわらずあっさり開いた距離に内心若干の名残惜しさは感じつつも、ナマエは涙の浮かぶ瞳で眉見を睨む。

「……ふっ」
「…なに笑ってるの!」

 それまで普段と変わらぬ平静さを貫いていた眉見だが、ついに耐え切れなくなったのか、小さく吹き出してしまった。
 それを見たナマエは、「もうっ!」と怒りながら、力の入らない腕で苦し紛れに眉見の胸元を叩くも何の意味もなく。それどころか、眉見はそんな抵抗すらも愛おしいとでもいいたげな様子で笑っていた。

「すみません…ただ、俺の声に反応するナマエさんが可愛くて」

 眉尻をわずかに下げ、きゅっと目を細める。声音だけでなく、表情さえも優しく。ひどく甘ったるいものだった。
 ナマエは悔しそうに少し顔をしかめると、昼間とはまた違った気持ちを込めたため息をつきながら、観念したとばかりに眉見の胸元へその身を預けた。

「…俺の声、本当はもっと甘いって言ってましたね」
「うん…そうだね」
「たぶんそれは、相手がナマエさんだから、そうなってしまうんだと思います」

 眉見は嬉しそうにナマエの身体を抱え直すと、つむじへ顔を寄せ、ちゅっと音を立てて唇を落とす。ぴくりとわずかに反応する小さな手を握りながら、いっとう愛おし気に、そう呟いた。

「……鋭心くん」
「はい」
「その声…と、その顔も。現場で見せたり、聞かせたりしないでね」

 ナマエの言葉に、眉見は一瞬きょとん、としながらも。すぐに笑い声を漏らし。「分かりました」と呟いた。





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