カーテンと窓を開け、新鮮な空気を部屋の中へと入れる。最近は朝方でもわりと暖かいおかげで入れ替えも苦ではなく、むしろ清々しくスタートするためのスイッチとしても働いてくれていた。
 恋人であるナマエと同棲を始めてからというもの、雨彦の慢性的な睡眠不足は改善されつつあった。といっても自ら改善に努めたわけではなく、ただ単純に睡眠が好きな彼女につられベッドに入るといつの間にか眠りについていたという、ある意味副産物のようなもののおかげであった。
 しかし、当たり前だが睡眠不足が解消されて悪いことなど何もなく。最近では日中睡魔に襲われることもなくなり、肌ツヤも心なしかよくなったと石川から言われるほどであるから、まあいい傾向なのだろう。
 さて。雨彦はほんの少しやる気を入れるように一息つくと、未だすよすよと気持ち良さげな塊へと声をかける。

「おい寝坊助、今日は出かけるんだろう。そろそろ起きないと、また昼過ぎになっちまうぞ」
「ん、んん…」

 反応は示すものの起きる気配は一切ない。昨夜は今日のデートについて遅くまで話していたということもあるが、それにしてもこの寝起きの悪さは、同棲を始めて数ヶ月経つ今でも全く改善される気配がない。
 雨彦はやれやれとため息をつきながらベッドへ腰掛けると、枕へ半分埋まるナマエの顔を、指の背でするりと撫ぜる。

「お前さんは蓑虫にでもなるつもりか」
「う…みの…む……?」

 会話が成り立っているようで成り立っていない。いよいよ訳のわからない寝言を言い始めたことで、これは本気で起きる気がないのだと悟る。
 仕方がない。これはいくら言っても起きない恋人のためなのだ。──そんな言い訳を誰に対してでもなくしつつ雨彦はにやりと笑うと、やや乱暴に布団を剥ぎ取ってしまった。

「ナマエ」
「う、んん…」

 それでもなお、ナマエはうなるだけで起きる様子はない。これ幸いとばかりに、雨彦は指先を、つつ…と身体のラインに滑らせる。裾が捲れわずかに露出した腹の柔らかさを堪能するように突きながら、スウェットのゴムを引っ張り軽く下げる。表れた下着の縁と腰骨を辿り、指先をほんの少し中に潜り込ませたところで動きを止めるも、未だ反応は見られない。
 ここまでされて抵抗も見せないことに多少心配になりつつも、それならばと手を進めていく。いっそこのまま勢い全て引き下ろしてしまうか、もしくは手を突っ込んでしまおうかと野蛮な考えが浮かび始めた頃、咎めるような寝起き声に名を呼ばれた。

「お、起きたか」
「…雨彦さんがちょっかいだすから、目がさめちゃいました……」
「ちょっかいもなにも、起こさなきゃお前さんまた寝ちまうだろう」
「それにしたって、別の起こし方があったでしょう…」

 また寝るというあたりは訂正しないらしい。それでも妙な悪戯をされたことに関しては納得していないようで、言葉を詰まらせながらも眉間にしわを寄せ反論する。
 もしこれで起きなければ悪戯を続行できたし、起きたのならそれはそれで結果オーライだ。どちらにしても自身にいい方向に転ぶということがわかっているからか、雨彦は悪びれる様子もなく。それどころか、どこか楽しげな笑みを浮かべていた。

「これで起きるってことが分かったからな。次からもこうやって起こすとするか」
「うええ…雨彦さんのすけべ……」
「ほう、起こしてやった恋人に対してそんな風に言うのか」
「だって本当のことで、っわ!」

 ぽやっと背中を丸めるナマエの肩を軽く押し、再びベットへと沈みこませる。寝起きで力が入らないのだろう、大した抵抗もなく横たわる身体へと素早く覆い被さると、困惑するナマエの頭を掴み髪をわしゃわしゃと乱し始めた。

「わーっ!なにするんですか!」
「言うこと聞かない悪い子にはお仕置きをしないとな」
「お、お仕置きって、ふ、ははっ」

 子供のような屈託のない笑顔の雨彦につられ、ナマエも思わず笑みをこぼす。乱しながらも髪が絡まぬよう注意を払って撫でる手と、時折顔中に落とされる柔らかな唇の心地よさに、心臓が締め付けられるような感覚を覚えた。
 出かける前だからと、下ろされている雨彦の髪が頬をくすぐり。色素の薄いそれは陽に透け、ナマエの瞳にちかちかと反射し眩しさを生んでいた。

「ふふ…雨彦さん、髪さらさらだあ」
「お前さんはぐちゃぐちゃだな」
「誰のせいですか、もー」
「そう怒るな。可愛いってことさ」

 雨彦はナマエの前髪をかき分ると、現れた額に小さくキスをする。元々怒っていないというのはお互い分かりきっていたが、機嫌を取るようなその行動に、ナマエも「しかたないなあ」とわざとらしく返す。互いにまた笑みがこぼれた。

「ほら、顔洗ってこい。朝飯を作っておくから」
「…はあい」
「ん、いいこだ」

 気の抜けた返事をすれば、ご褒美とばかりに頬にも唇が触れる。なんとも甘ったるい仕草に、すっかり眠気の吹き飛んだ頭は浮かれモードへと切り替わり。早くデートに行きたいと騒ぎ出すのだから、我ながら現金だとナマエは苦笑する。
 今日は快晴だとニュースで言っていた。昨日決めておいた洋服は、この柔らかな青にきっとよく似合う。




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