「ナマエ〜」
「うわっ、」

 夕食後の風呂も終え、明日はオフだからとベッドでのんびり雑誌を読んでいたナマエの元に、風呂上がりの龍が疲れ切った声を出しながら、ぺたぺたと足音を立ててやって来た。
 普段からそこまで長風呂ではないとはいえ、長期間シャワーのみで過ごしたと聞いていた、からてっきり長風呂をするかと思っていただけに、ものの十分で出てきたことに少し驚く。
 ナマエが「ずいぶん早かったね」と顔を上げた瞬間、龍は半ば覆いかぶさるように隣に腰掛けてきた。

「ちょ、龍くん重い…!」
「重いって酷いなー」

 いきなり体重をかけられ体勢を崩しそうになりながらもなんとか踏ん張っていると、からからと楽しげな笑い声が聞こえる。「退いてよー」なんて同じように笑いながら言えば、「ごめんごめん」とあっさり離れていった。
 よほど慌てて出てきたのだろうか、髪からはぽたぽたと雫が落ちシーツを濡らしていて。このままでは寝る場所が無くなると、ナマエは龍の首にかかっていたタオルで頭を拭ってやる。

「龍くん。髪ちゃんと拭かなきゃ、風邪ひいちゃうよ」
「んー…」

 わしゃわしゃとやや乱暴に扱うも、あくまでナマエの力の中の話であるためか、龍は気持ちよさそうに目を細めている。その様子にナマエの脳裏には、以前バラエティ番組に出演した際に共演したタレント犬が思い出された。
 あの子はゴールデンレトリバーだったけど、龍くんは日本犬っぽいなあ。柴犬とか。ぴったりかも。でも少しドジな子になりそう。
 若干失礼なことを思いつつもあながち間違っていない妄想をしていると、「もう平気、ありがとうな」と声をかけられる。濡れたタオルと雑誌を机の上に退かし、額にかかった前髪を整えてやる。

「アメリカはどうだった?」
「楽しかったぞー。自然もすごかったし、飯もうまかった!」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ぱあっと満面の笑みを浮かべ、写真と共に見聞きしたもの全てを話していく。時折混じる不運は相変わらず、けれどそれも踏まえ楽しいものになったのだと分かる内容に、ナマエもつられて笑みを浮かべる。
 やはりアイドルとして、アーティストとして世界へ飛び出していけるのはとても羨ましく思う。「私も早く海外でライブしたいな」ナマエがそうぽつりと呟くと、木村はそれまでの騒がしさが嘘のように静かになり、うーんと考えるようなそぶりを見せる。

「龍くん?」
「海外でのライブは楽しかったしさあ、ナマエにも経験して欲しいなと俺も思うんだけど…」
「うん」
「……その間ナマエに会えないのは寂しいなあ」

 子供のような口調で言いながら、照れ隠しなのかごろんと寝転がり、ナマエの膝に頭を乗せる。
 私も寂しかったよ。恥ずかしさからその言葉を飲み込み、代わりとばかりに頭を撫でる。はっきり言えないのは悪いところだと自覚しているものの、いざその場面になるとどうしても言えなくなってしまうのだ。しかしナマエのそんな気持ちも龍は分かっているらしく。頭を撫でる手に擦り寄り、嬉しそうに微笑む。

「…今日はずいぶん甘えただね」

 照れ臭さを紛らわせるためにようやく発した声は、ほんの少し甘くなってしまった気がする。
 その言葉に、「そりゃあ…」と拗ねた口ぶりでためらうように返事をした後、大きなオレンジの瞳をナマエへと向けた。

「一週間も離れてたんだから…甘えたくもなるよ」

 あ、これは、この瞳は、まずい。
 ずくりと重くなる身体は言うことを聞かず。掌へと落とされる、その時を連想させるようなキスにくらくらと目眩さえ起こしていく。
 少しかさついた指先が掌から細い腕へするりと滑り、そのまま距離を縮めるように強く引かれる。ぐっと倒された上体にナマエがほんの少し驚いたのも束の間、戸惑ったように薄く開く唇に、龍のそれが重ねられた。

「っりゅ、くん、んん…」
「ふ、はあ…っ」

 いつのまにか頬へ添えられていた手が耳の裏側を撫でる。くすぐるようなその仕草は、快感は呼び起こさせるという明確な意思を持っているようにも感じられた。
 ちゅっ、と音を立ててようやく離れた唇はいやらしく濡れていて。かさついた指先が、拭うように撫でていく。

「………」
「………」
「あ、」
「…?」
「あ゙〜〜…」
「わっ、」

 二人の呼吸音と心臓の音だけが響く中、龍は突然唸り声を上げ、ナマエの腹に顔を埋めた。
 ぐりぐりと押し付けている最中にも「あー」や「うー」と唸るものだから、さすがにどうしたのかと慌てて声をかける。

「りゅ、龍くん?」
「むり…」
「え、なにが?」
「ナマエ可愛すぎ…えっちしたい…」
「………」

 あまりにどストレートすぎる発言に、ナマエはもはやなんと返していいか分からず。とりあえず阿保な発言をした頭を咎めるように、軽く叩くとこしかできなかった。心配して損した。
 しかしそんなことを気にする様子もなく、「…ダメ?」と問いかけながらも、手は既にナマエの寝間着の中へと差し込まれている。
 この顔に弱いのだ。自身の顔が良いということを分かっているのかそうでないのか。どちらでもタチが悪いが、それを使われてしまうと、ナマエはなにも言えなくなってしまう。
 明日は石川が気を利かせて二人共休みにしてくれてるとはいえ、疲労しているのならば早く床についた方がいいに決まっている。けれどそれを言ったところで、「体力ならあるから大丈夫!」とこの犬は絶対に聞かないことは目に見えている。いやしかし…。
 ぐるぐる、ぐるぐる。なんとかこのまま寝かせられないかと、ナマエの頭の中を思考が巡り巡る。しかしどんなルートを辿っても最終的に行き着くのはすべて同じ答え、そういう意味で、共にベッドへ行くことになってしまう。どうしよう、どうすれば。
 そうこうしている間にも龍の行動は進んでいき。ついに油断していたナマエの身体は、勢いよく押し倒されてしまった。

「ちょっ、も、龍くん!疲れてるんじゃなかったのっ!?」
「それとこれとは話が別」

 がぶがぶと首筋を柔く噛みつつ、手は素早く服を捲り上げていく。寝るだけだからと下着をつけていなかったことが仇となり、早々に晒された胸が、蛍光灯の下でふるりと震えた。
 その光景に、龍の喉が音を立てて上下する。

「一週間分、たっぷり触らせて」

 もう駄目だ。 何度かもわからない白旗を心の中で上げ、ナマエは身体の力を抜く。
 嬉しそうに手を滑らせ着々とナマエの服を剥いでいく姿からは、ほんの十分前の可愛さなど微塵も感じられなかった。




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