「おら、早く覚悟決めろ」
「や、ま、待って」
不安げに膝に乗る小さな身体を鼓舞するように声をかけるが、脅しにも近い言葉はどうやら逆効果だったらしく。服を掴む手にはより一層力が込められてしまった。
ピアスを開けたい。その言葉とともに安っぽいピアッサーを渡された時、左馬刻はなんとも言えない気持ちになった。
元々女性が身体に傷を作ることをよく思ってはいなかったのだが、それが対恋人となるとより一層強いものとなり。差し出されたそれを受け取らず何度も駄目だと言い聞かせてきたのだが、自分自身開いている数が一つどころではないだけにわざわざ傷をつくるなとも強く言えず。
何度も門前払いを食らってきたはずのナマエもなぜだか今日は頑なで。最終的には「左馬刻さんに開けてもらいたいんです」などと、狙ったのかそうでないのか。甘えたような声色で言われてしまえば、恋人を溺愛している左馬刻に折れる以外の選択肢はもはや存在していなかった。
とはいえ。耳たぶに針を当てた途端わかりやすいぐらい身体を強張らせる様子にこのままことを進めるのは気が憚られると、左馬刻は小さくため息を吐き耳に添えていた手を離した。
「左馬刻さん…?」
「んな怖がってんなら開けるのなんてや止めちまえ」
「う、や、やだ!開けます!」
「わがまま言うな。俺はもうやんねえぞ」
子供のような拒否も、普段の素直なナマエからしたら考えられないようなもので。なにが彼女をここまで頑固にさせているのか疑問は残るが、経験上こうなった歳下の女性というのはなにを言っても聞かないとわかっている左馬刻は、呆れながら持っていたそれをゴミ箱へと放り投げた。
「あ!なんで捨てちゃうんですか!」
「うるせえ。そもそも、なんで怖がるくせにそこまで開けてえんだ」
「えっ、」
散々押し問答をして今更理由を聞かれるとは思っていなかったのだろう。突然の問いかけにそれまでの頑固さが嘘のように動揺を見せる。
自身の過去や特定の感情に対しては嘘が上手いというのに、こうした日常の些細なことに対しては嘘がつけないという点は、ナマエの良いところでもあり悪いところでもあった。
「それは、その…」
「……………」
「うう…ううん……」
「俺に言えねえことか」
「いや!そ、そういうわけでは…」
「じゃあなんだ」
「う、うう…」
小さく唸りながら伺う視線を向けてくるナマエを急かすように、左馬刻は煙草に火をつける。ふう、と吐きだした息が静かな部屋に響くとついに観念したらしく、ナマエはおずおずと口を開いた。
「…クラスの子が、彼氏とお揃いで開けたって言ってたんです」
ばつが悪そうに目をそらしながらも、恥ずかしさからだろう耳を少し赤くしながら呟く。
「それ見てたら、その、羨ましくって…私も左馬刻さんとお揃いのものが、なにか欲しいって思ったんです。それで、ピアスなら左馬刻さん沢山してるし、ちょうどいいかなー、って…」
思ったんです、けど。だんだん尻すぼみになっていくのは、実際口にしたことへの少しの恥ずかしさと、先ほどの左馬刻の言葉が気になっていたからだろう。
なんとなくだとか、かっこいいから、だとか。そんな取るに足らない理由で始まったと思っていたわがままは、たしかに年相応ではあるものの、もっとずっと、切実なものが込められているような気がした。
「…ちょっと待ってろ」
大きく出た溜め息は自分へ向けたものなのか、そうでないのか。まだ長さの残る煙草を灰皿へ乱暴に押し付けると、左馬刻は大股で寝室へと消える。そして数秒もせずに帰ってきたと思ったら、その手には新しいピアッサーが握られていた。
「こっち来い」
「やってくれるんですか?」
「やってほしいんだろ」
自身の膝を叩く左馬刻に促されるまま再び膝に乗る。いよいよ準備をする手に握られたそれは先ほどゴミ箱に捨てたものとは少し違い、針がやや細い物で。心なしか造りもしっかりしていた。
「お前、さっきのやつそこら辺で適当に買っただろ」
「え、わかるんですか」
「当たり前だ。次からはもっとしっかりしたやつ買ってやるから、あんな安モン使うな」
次は。その言葉にあからさまに笑顔になるナマエと結局望み通りにしてしまう自分の双方に呆れるものの、先ほどより震えの少なくなった手にこれなら大丈夫だろうと感じた。
「…おら、やるぞ」
「ひ、一思いにいってくださ、っ!」
言い切る前に力を込める。ばつんと肉が開くような感触にやはり妙な罪悪感を感じつつ、余計な傷が付かぬようゆっくりと機械を外していく。
柔らかな耳たぶを、我が物顔で重たい赤が占領している。ナマエにはこれよりももっと澄んだ色が似合うだろう。既に遅いことはわかってはいるが、やはりもう少し別の色にすべきだったと考えていると、涙に濡れた赤い瞳が勢いよく振り返った。
「もう!なんでいきなりやっちゃうんですか!」
「うだうだやってる方が怖えだろ。こういうのは一気にいった方がいいんだよ」
早々に不要になったそれをゴミ箱へ投げ捨てれば、先に捨てた安モノに当たり割れるような音がする。
「安定するまでは毎日消毒するようにしろよ」
「消毒しなきゃいけないんですか」
「小さくても傷なんだ。膿みたくなけりゃちゃんとやっとけ」
「はあい…」
少しだけ不満げに口を尖らせながらも、未だ痛むそこへ触れた途端口許を緩ませる姿は、何度見てもむず痒さを生む。
「うふふ」
「…なに笑ってんだ、気持ちわりぃな」
「嬉しいんですー。左馬刻さんと同じ色」
ガキみてえなこと言うな。馬鹿かてめえは。そんな言葉が即座に出てこなくなったことに、我ながら甘くなってしまったと思わざるを得ない。
ピアス、お揃いの買いましょうね。
さらさらと流れる髪が絡まぬよう、ぼんやりと熱を持つそこに触れれば、嬉しいのだと隠さずそう言う。
気が向いたらな。誤魔化すように吐いた言葉の意図に、少女は小さく微笑んだ。
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