ナマエと約束をしていた三日前。久しぶりのデートにどこへ行こうかと考えていた銃兎の元に、ナマエから一本の連絡があった。
 『行きたいお店があるんですけど…一緒に行ってもらえませんか?』簡潔に書かれていたそれに、わがままなんて珍しいなと柄にもなく少し嬉しくなってしまい、店がどこかも聞かずに『いいですよ』と返事をしたのだ。
 その時の自身の行動を後悔する訳ではないけれど、これは予想外の方向という点では、銃兎は頭を抱えざるを得なかった。

「すみません銃兎さん、わがままを言ってしまって…」

 そんな葛藤をなんとなく察していたのだろう。申し訳なさげに始終眉を下げ謝罪の言葉を述べるナマエの姿に、銃兎は小さくため息をつく。

「いいですか、あなたは気にしすぎですなんです。こんなのわがままに入りませんよ。そもそも貴女ぐらいの年齢の女性なら、こういった所に恋人と来たいと思うのは普通でしょう」
「そうなんですか?」
「ええ…といっても、全部左馬刻の妹さんの受け売りですが」

 とはいえ普段消極的なナマエから聞けた「銃兎さんと行きたいんです」というなんとも可愛らしいおねだりなのだ。ただでさえ気遣いの塊であるナマエをこれ以上気まずそうにさせるのは避けたいし、なにより例えこの場に不釣り合いで自身が笑われようとも、ナマエの喜ぶ顔が見られるのであれば、いつまでも気まずさを感じるようなことではないのだ。
 それよりも、銃兎が気にしている点は他にあった。
 大変お待たせいたしました。見るからに甘そうな彩りのパンケーキが盛られた皿を運んできた店員は、ちらりと二人を確認するかのように視線を動かした後、ごゆっくりの言葉と共にそそくさと裏へ引っ込んでいく。

「おいしそうですね銃兎さん。……銃兎さん?」
「ああ、すみません。たしかに美味しそうですね」

 隠そうとしない店員のその態度に内心でクソ女と暴言を吐きつつも、嬉しそうな顔のナマエにすぐさま同じ笑顔になる。そう、銃兎が気にしている点はまさにここだった。
 両者の年齢はどう見ても離れていて、身内のような親しさは感じられない。しかも方やスーツ方や制服ときたら、大方の人間がするであろう想像などわかりきっていた。
 わかりきっていた。が、あえて触れずにきたそれについて、ついに無遠慮に触れてしまった人間がいた。我らがヨコハマのリーダー、碧棺左馬刻だ。

「ナマエ」
「はい」
「今日この後の予定は特に決まっていませんよね?」
「はい。ここに来られたらいいなと思っていたので…あ、すみません、自分から誘ったくせになにも考えてなくて…」
「いえ、なら丁度良かった。今日は貴女の服を買いに行きましょう」

「援交みてえだな」というあの言葉。二人の関係を否定するつもりは毛頭なかったのだろうが、それでも目を背けてきた銃兎にとってその言葉は大きな衝撃だった。いよいよ気にしなければ、なんとかしなければならないのか、と。

「服ですか?特に困ってないですけど…」
「普段のでなく、私と出かける時の服ですよ」

 と言っても、一度気になったことについて銃兎がなにも考えていないはずもなく。それならばまず手始めにスーツと制服という、あからさまな見目から変えればいいということはわかっていた。しかし互いの私服も雰囲気があまりに違っていては、結局それ臭さはなにも変わらない。どうやってナマエの私服を自身と近しい雰囲気にさせられるかと考えていた時、ちょうどナマエから連絡があったのだ。

「服…服……」

 さすがにこのままではあまり良くないということは、ナマエもなんとなくわかっていたのだろう。銃兎の言葉に納得した声色で返事をする。
 けれど同時に、どこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。基本的に自身の言葉は素直に聞くタイプだっただけに、予想外の反応に銃兎は「嫌ですか?」と問いかける。

「嫌とかではないんです。ただ、服なんて買っていったらなんて言われるか…」

 物欲のない人間が物を買って行ったらそれだけでもちょっとした話の種になる。中王という土地柄もあるのだろうが、とにかく目立つことを好まないナマエにとっては望まぬ状況だからここまで踏ん切りがつかないのだろう。こんな男と付き合っておいて、と銃兎は思うのだがまあそこは口にしないでおく。

「なるほど。そういうことなら、買ったものは私の部屋に置いていけばいいですよ」
「え!や、それは申し訳ないです!」
「元々私もそんなに洋服を持っているわけではありませんから、クローゼットは余ってるんです」
「んん…でも…」
「そうしたら、今度から私の部屋で着替えて出かければいい。その方が色々と好都合なので」
「好都合?」
「すみません、こっちの話です」

 ナマエが銃兎の部屋で着替えるということは、着て来たものは部屋に置かれるということ。そしてそれがなければナマエは帰れない。部屋に泊まらせるいい口実となる。思わず出てしまった本音を誤魔化しつつ「そうしなさい」と微笑む。
 優しい口調ながらも有無を言わさぬ雰囲気を出されてしまえばナマエは何も言えず。「はい…」の言葉以外を飲み込むように、パンケーキを頬張った。

「貴女の体質的に、どの季節でも着まわせる物を重点的に買った方が良さそうですね。どういったものが好みとかはあるんですか?」
「好み…そういえば、この前乱数さんに教えていただいたブランドが少し気になってます」
「…乱数?」

 ぴくり。銃兎が小さく反応したことに、ナマエは気づいていない。ナマエの口から出た予想外の名前に動揺しつつも、悟られないように平常を装いながら話を続ける。

「貴女、シブヤの連中とお知り合いなんですか?」
「知り合いというか…この前中王区に来ていたんです。なんかデザイナーのパーティがあったらしくて…その時少しお話しして」

 ここですとナマエが見せてきた画面には、たしかに本職が勧めただけはある。彼女によく似合いそうな服がいくつも並んでいた。
 会話をしたのはほんの数分だと言っていたにもかかわらず、諸々の長所をきちんと加味したうえで選ばれたであろうそれらを着ているナマエの姿は、想像の中でとてもしっくりきていて。
 だからといって、素直にそれを認めるほど銃兎は素直なできた人間ではない。
 なにより、ここですと彼女が画面を見せる直前に見えた『ここすっごく君に似合うと思うよ♪』などといった花が飛んでそうな会話画面に、反応しない訳にはいかなかった。

「ほお。連絡先も交換して、そんなやりとりまでしておいて…話しただけ、と」
「はい。話しただけ…え?」

 さすがにただならぬ気配を察知したのか、ナマエの言葉は徐々に小さくなっていく。そして銃兎の顔を見た瞬間、わかりやすく口元が引きつった。

「じゅ、銃兎さん?」
「お前、他のディビジョンの奴と親しくするとはいい度胸じゃねえか」
「え、親し…え、?」

 外れた敬語に、これはまずいと察するも既に遅く。スッと差し出された手に疑問符を浮かべれば「携帯を貸してください」と有無を言わさぬ笑顔で言われる。
 本能が『従わなければいけない』と危険信号を点滅させるナマエにそれを拒否できる訳もなく。おずおず差し出された携帯を受け取った銃兎は滑らかな動きで数分操作をした後、ありがとうございますの言葉と共に携帯を返した。
 大方予想はつくがとりあえず確認のためにとロックを解除すれば、案の定。乱数とのやりとり、連絡先やパーティの写真その他諸々全てが削除されていた。ご丁寧に、復元できないようゴミ箱の中まですっからかんに。

「………」
「おい」
「は、はい」
「そのブランドで買い物はなしだ。頭のてっぺんからつま先まで全部俺が選んでやる」
「え、ええ…?」

 戸惑うナマエの手からフォークを奪い、皿の上の林檎を勢いよく刺す。ぽかんと間抜けに開いた口元へと持っていくと、「返事は?」の言葉と共に柔く押し付けた。

「は、はぇ…」

 言わせようとしている言葉など一つしかないくせに。それでもきちんと言葉にしろと催促するようにふにふにと押し付けられる甘い林檎に、ナマエは返事のような情けない声を漏らすしかできなかった。



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