腰辺りまで伸びた長い髪に、所々に混じる金色。いくつも穴が空いている耳と、膝を抱える手には沢山の指輪が嵌っている。
 どうしてそんなにまじまじと容姿を確認できるのかって、それは他でもない、喧騒の中でうなだれる人物がその特徴を持った張本人だからだ。

「あのー…大丈夫ですか……?」

 立ち去ればよかったのかもしれない。外は危ないと散々言われていたのだから、何も見ていないフリをして、関わらない方が良かったのだろう。
 それでも止まった足を再び動かす事ができなかったのは、俯くその姿が、かつての自分と重なってしまったからかもしれない。
 声をかければびくりと肩を跳ねさせ、恐る恐るこちらを確認する。涙の溜まった瞳が、不安げにこちらを見つめていた。

「あ、アマンダが…」
「あまんだ?」

 鼻声と共に差し出されたのは、柔らかなぶたのぬいぐるみ。どうやら胸元に抱え込んでいたらしい。よく見ると腕のところが解れて中身の綿が飛び出ていた。
 え、ぬいぐるみ破れて泣いていたのかこの人。一瞬そう思わなくもなかったが、もしかしたらこのWアマンダWは、彼にとってとても大切な物なのかもしれない。それを笑うというか、引いてしまうのは、人として駄目な気がする。
 とはいえ差し出されたぬいぐるみをどうするか。声をかけたくせに「そうですか」と一言で片付ける訳にはいかないだろう。
 少し考えた後、そういえばと思い出す。

「えっと、もし良かったら直しましょうか?」

 なんというタイミング。ちょうど今鞄の中にソーイングセットを持っていたのだ。何でそんな物持ってるのかって、こういう時のためだよ。いやまあ嘘だけど。ちょうど必要だなと思って簡易版のようなセットをさっき買ってきたからだ。
 私の言葉に一瞬ぱっと明るい顔になったものの、すぐに同じ不安げな顔へと戻ってしまう。頼みたいけど、変なことをされないか、変な人じゃないかと思ってるのだろう。視線があちらこちらに動いている

「で、でも…」
「あ、もちろん大丈夫なら良いんですけど…応急処置だけでもしておけば、それ以上破れちゃったりもないかなって…」

 どうしますか?目線を合わせるようにしゃがみ問いかければ、彼は戸惑いつつも「お願いします…」と小さく呟きぬいぐるみを差し出してきた。
 教育だとかいって色々叩き込まれたことがまさかここで役に立つとは。あまり感謝したくはないけれど、自身の基礎になっていることだけは確かだから、そこは納得せざるを得ない。とはいえめったに無いだろうけれど、こんな事。
 針を進めていく度心配そうに手元を覗き込んでくる様子は、なんだか小さな子供みたいで少し面白かった。

「はい、できました」

 最後に糸を切れば、取れてしまいそうだった腕は元通りとまではいかないものの、乱暴に扱わなければ大丈夫だろうというぐらいにはなった。どうぞと彼に渡せば、ようやく明るい顔になりアマンダを思いっきり抱き締める。あ、笑った顔は可愛いかも。

「あ、ありがとう…!」
「い、いえ。でもあくまで仮なので、帰ったらちゃんと縫い直して上げてください」
「ああ…あ、えっと、その、な、何かお礼…っ」
「いいですよ。私が勝手にやったことなので」
「え、で、でも…」
「気にしないでください。可愛いアマンダさん、大切にしてあげてくださいね」
「っ待って!」

 未だに若干怯えてる彼を早く一人にしてあげた方が良さそうだと思い「じゃあ、」と告げた直後、慌てた声が腕を掴んだ。
 今まで怯えていた彼がまさかそんな行動に出るとは思っておらず、驚きで体が固まってしまう。
 そして張本人であるはずの彼も、自身の咄嗟の行動に驚いたらしく。私の顔と掴んだ手を交互に見て、同じように体を強張らせた

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、あの…」
「っ、あ、え、えっと、その、こ、これ…!」

 掴んだ手はそのままに、空いた右手は大急ぎで鞄の中を探り出す。そこまで大きくなかったからか、目当てのものはすぐに見つかったらしく。勢いよく差し出されたのは、端が少し折れてしまった紙だった。

「…えっと、チケット?」
「俺がボーカルやってる、ば、バンドの…今度ライブやるから、その、」
「え、ボーカルやってるんですか。というか…え、貰って良いんですか?」
「い、今何も持ってないから、その…来てくれたら、その時改めてアマンダとお礼を…」

 アマンダと。その言葉に、自分で言うのも何だけれど、ぬいぐるみを直してもらった事がそうとう嬉しかったのだろうと思った。
 おそらく人と話すのが苦手な彼がここまでしてくれたのに、無下にするのは、何だか気が引けて。「じゃあ、いただきます」と受け取れば、途端に安心したような明るい顔へと変わった。

「そういえば、お名前聞いてなかったですよね。何ていうんですか?」
「あ、我、い、いや…僕、は、四十物十四っていいます…」
「四十物さん、ですね。私はミョウジナマエっていいます」
「ミョウジ、さん…」

 まるで噛みしめるように呟くものだから、なんだか少し恥ずかしい。
 それじゃあまた今度。そう言って最後に頭を軽く下げ歩き出した時「っミョウジさん!」と後ろから大きな声で呼ばれた。
 さすがはバンドのボーカルといったところだろうか。先程までの小さな声とは正反対に、よく響く大きな声だったから、少し驚いた。ぱっと振り向いた先、俯いていた顔は真っ直ぐこちら見ている。

「ま、待ってます。来てくれるの…」

 と思ったら、段々と尻すぼみになりまた俯いてしまう。突然叫んだことで周囲の視線を集めてしまったことが居た堪れなかったのと、恥ずかしくなってきたのだろう。ただ、背が高いから結局赤くなった顔が見えてしまっているのだけれど。
 距離を詰めるように彼の目の前まで戻り、少し顔を覗き込む。また目に涙を溜めている姿に少し笑いながらハンカチを差し出す。

「四十物さん」
「っ、は、はい…」
「また会えるの、楽しみにしてます。ライブ頑張ってください」

 これきりにしてしまうのは、何だか勿体ない気がした。貰ったチケットでも、渡したハンカチでも何でも良い。何か会える口実ができたらよかった。
 きゅっとつり上がった目尻が下がり、涙が溢れる。長いまつげに付いた雫を光らせながら「がんばりますっ」と鼻詰まった声が嬉しそうに応えた。



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