「……え?」

 いつも通りの朝。きっちりと制服を着て扉付近のポールにかけておいた制帽を被りいざ行かんと扉を開けたその先に、男所帯であるこの館からは想像も出来ないようなものが置かれていた。



「おはようー」
「おはよう…あれ?ナマエ、その花束どうしたの?」
「なんか部屋の前にあった」

 驚いた様子でこちらを見る佐疫にそう返事をすれば、さらに目を丸くしていた。まあ、花束抱えて食堂に入ってきたと思ったら、部屋の前に置いてあったなんて言われたら誰だって驚くだろう。私だって驚く。正直、花束を抱えて食堂に入るなんて如何なものかと思ったけれど、皆が集まる食堂なら誰が置いたかも聞きやすいだろうと思ってあえて持ってきたのだ。決して朝ごはん早く食べたくてもう一度部屋に戻って花を生けるのが面倒だったからとかそんな事はない。

「部屋の前に花束なんて、随分ロマンチックだね」
「ロマンチックって…」

 木舌はそう言うけれど、誰とも知らない人からの花束だなんて気味が悪くて仕方ない。せめてこれが恋人である谷裂からだったら手放しで喜べたのだろう。まあ今その張本人は昨晩遅くに任務から帰ってきたせいでまだ起きてきていないのだけれど。

「どうしよう、これ。もし谷裂に知られたら…」
「どうして?」
「どうしてってあんた、もし恋人が見知らぬ人から花束なんて貰ってたら心配にならないの?」
「ん〜…まあ、うん」

 なんとも煮え切らない返事をする木舌。勘は鋭い方じゃないけれど、その表情は何かを知っているように見える。

「………………」
「…そんなに見つめて、どうしたの?」
「木舌、あんた何か隠して、」
「あ、もうこんな時間だ。おれ、今日任務入ってるからもう行かなくちゃ」
「え、ちょっと!」
「あ、そうだ。佐疫ちょっといい?」

 問いただそうと詰め寄れば、慌てて席を立つ木舌。何かを思いついた様に佐疫にそっと耳打ちしたかと思えば、じゃあ!と大急ぎで食堂を出て行った。その背中を見つめながら後で絶対吐かせてやると胸に誓い、正面に座る佐疫と向き合う。その顔は先程の木舌と同じだ。けれど佐疫となると若干読めないのが怖い。

「…木舌なんて言ってたの?」
「ああ、その花束を渡した人のこと」
「え!誰!?てか木舌の奴!やっぱり知ってるんじゃん!」

 あいつ、なんで私に直接言わないんだと舌打ちすると、佐疫がくすりと笑った。

「口止めされてたみたいだから。谷裂に」
「え、谷裂?何で?」
「…さっきの木舌の変化は気付いたくせに、今のは気付かないなんて。そういところ鈍いんだねナマエは。谷裂も苦労するなあ」
「そこまで言う!?」
「その花束、谷裂からだって」
「……え?」

 一瞬、佐疫の言葉が理解出来なかった。谷裂?この花束が、谷裂からの?あの、花束なんぞくだらない、とか言っちゃいそうな、あの谷裂が、私に?

「…嘘でしょ」
「嘘じゃないって。木舌が昨日、谷裂がそれを置くところ見てたらしいよ」

 佐疫は私に嘘を付いたりしないから、多分本当なんだと思う。けれど自分の目で見た訳ではないから、俄かに信じがたい。そんな考えが顔に出ていたのか、佐疫は苦笑いしながら言った。

「それに、そんな言葉ばかりの花をナマエに贈るなんて、この館じゃ谷裂しかいないよ」
「え?言葉?」
「花言葉。知らない?」
「や、花言葉は知ってるけど…」

 薔薇の花が愛だとか、そういうのは流石に知っているけれど、生憎この花束の花達は詳しくは知らない。そう言うと、仕方ないなとばかりに佐疫は花束の中の一輪を指差した。紫色の綺麗な花。

「これはチューリップ。それぐらいは知ってるよね?」
「知ってるけど…その言い方地味にカチンとくるわね」
「じゃあ花言葉は?」
「…知らない」
「うん。そうだろうね」
「ちょっと、どういう意味」
「花言葉は、永遠の愛」
「え、永遠の、愛…」
「そう。で、こっちの白いのはマーガレットで、真実の愛。黄色いのはヒヤシンスで、あなたとなら幸せ」
「……………」
「他の花も皆、愛に関係あるものばかりだ。素敵な花束だね」

 さっきと同じ言葉を、意味深く笑いながら言う佐疫。普段だったらきっと、そんな事も知ってるなんてさすが優等生だねとか言っちゃうんだろうけど、正直今はそれどころではない。谷裂がどんな事を思ってこの花達を選んだのか。もしかしたら、意味なんてなかったのかもしれない。たまたま選んだ花がそれだった。でも、だけど、全ての花言葉が、愛情に関係あるものだなんて。まるで、

「盛大な愛の告白だね。ね、谷裂」
「え、」

 佐疫の言葉に、後ろを振り向く。そこには目を見開き顔を真っ赤にして固まる谷裂の姿が。その状態を見る限り、どうやらこの花束を置いたのは本当に谷裂だったらしい。

「……………」
「あ、た、たにざ…え!ちょっ待って谷裂!」

 私と目が合った途端、谷裂は物凄いスピードで食堂を飛び出して行った。突然の事に一瞬理解出来なかったけれど、気付いて直ぐにその後を追い駆ける。食堂を出る瞬間振り返った先で見えたのは、微笑んで手を振る佐疫の姿だった。



「……………」
「……………」

 困った。あの後谷裂を追ってなんとか部屋まで付いて行き、なんとか中へ入れてもらえたのだけれど、彼はベッドに腰掛け俯き黙ったままだった。谷裂と二人でいる時に静かになる事はよくあるのだけれど、その時とは違い若干重たい空気が流れている。き、気まずい。

「あ、あのー、谷裂さん…」
「……………」
「この花束、本当に谷裂が…?」
「っ、」

 花束。そう口にした瞬間、ぴくりと肩が跳ねたのを私は見逃さなかった。

「…意味も聞いたよ。花言葉」
「…………」
「谷裂は意識してなかったのかもしれないけど、凄く嬉しかった」

 走って少し崩れてしまった花束を整えながらそう告げる。花なんて普段買わないから、どうすればいいか沢山悩んだんだろう。谷裂が私の為にしてくれた。私のことを沢山考えてくれた。それだけで私は幸せだ。

「……俺は、」

 ぽつりと、谷裂にしては小さな声で話し始めた。隣に腰掛け聞き逃さないように体を寄せると、谷裂も同じように体を寄せ柔く手を握ってきた。

「普段、あまりお前に、気持ちを伝えられていない」
「うん」
「いざ言葉にしようとすると、何を言ったらいいか分からなくなる。言葉が喉で止まってしまう」
「…うん」
「お前はそれでもいいと言ってくれた。だが、そうして甘えているだけでは駄目だと思った。この気持ちをどうしても伝えたかった」
「…だから、こうして花束にしてくれたんだよね?」
「…………」
「ありがとう。凄く嬉しいよ」

 下を向いていた顔がゆっくり上がり、花にも負けないぐらい綺麗な紫と目が合った。色々な感情がまぜこぜになったそこには、今、私だけしか映っていない。

「大切にするね」
「…ああ」

 こつんとぶつかった額。唇に息が触れて、そのくすぐったさに思わず笑ってしまう。それは谷裂も同じだったようで、小さく笑いながら、お互いゆっくりと目を閉じた。重なった唇から広がる熱で、胸の辺りまで温かくなっていく。この人を好きで良かったと、心底思った。



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