「…美味しい?」
「おう!」

 山盛りに盛った米を勢いよく掻き込む姿はまるで掃除機のようだ。肉を掴んで口へ放り込み、おそらくよく噛まずに体内へ流し込んでいる。あれじゃいつ喉に詰まってもおかしくないな。
 完全に聞くタイミングを間違えたと思った。この間貰った練り香水のお礼は何がいいかと悩んだ挙句結局本人に聞く事にしたはいいものの、どうやら先程まで斬島と鍛錬をしていたせいでお腹が空いていたらしい。そんな状態で聞いたものだから、即座に「飯!」と返ってきたのだ。違う、そういう事じゃない。なんて私の考えは伝わらず。仕方なく要望通りのものを作って上げたら大層喜んでいて。まあこれはこれで良かったけど、なんだかなあ。もう少し落ち着いてる時に言えばよかったかも。

「平腹、誰も取らないからもう少しゆっくり食べなよ」
「だってナマエ、滅多に飯作ってくれねーから嬉しくて」
「…そりゃ、キリカさんがいるんだから私が作る必要なんてないでしょ」
「んな事ない!ある!」
「どこに」
「オレが食いたい!」
「何で。ご飯ならキリカさんの方が美味しいじゃない」
「ん?んー、それはそうだけど」

 そこは否定しろよ。いや、キリカさんのご飯の方が美味しいのは当たり前だし張り合おうなんてそんな大それた事考えてる訳ではないけど、本人目の前にしてそこまではっきり言うか普通。そこが平腹らしいといえばらしいのだけれど。

「でもさ、そういうんじゃねえんだよなあ」
「じゃあ何よ?」

 口の端に米が付いていると指摘すれば、お椀と箸を離さず舌で器用に取る。行儀悪いなあ、災藤さんが見たら怒りそう。

「だって、好きな人に作ってもらうのは全然違うだろ」

 その言葉と同時に、ここ最近の平腹の言動が一気に蘇ってきた。ああもしかして、ここの所やたら何か作ってくれって言ってたり好きな物をアピールしてたのはそういう事だったのか。ただお腹が減ってるからだとばかり思ってたから、普通に昨日の残りがあるからそれ食べなよとか言ってた。うわ、空気読めてないな私。

「なんか、ごめん。気付かなくて」
「別にー、ナマエだからそうだろうなって思ってた!」
「うん。いつもなら殴るけど今回は勘弁しておく」

 こういった事の自身の鈍感さにほとほと呆れてしまう。そういえば田噛に「あれで気付かねえとかお前馬鹿だろ」っていきなり言われたのはこれだったのか。言い方はどうであれ、気持ちは分かる。多分私も田噛だったら同じ事言ってた。

「あー…じゃあ、次は何がいい?」
「作ってくれんの!?」
「そりゃ、そんな事言ってもらえたら作るに決まってるじゃない」
「やった!じゃあ…あ!あれがいい!」
「あれって何よ」
「中からチョコが出てくるやつ!」
「中から…ああ、フォンダンショコラね。分かった」
「なあなあ、いつ作ってくれんの?今日?」
「いや今日は無理だから。また明日ね」
「えええ!今すぐ食いたい!」
「子供か。そもそも材料ないから無理」
「材料?買ってくればいいのか?」
「そうだけどもう今からじゃ商店閉ま、あっ」

 最後まで聞かずに平腹は勢いよく立ち上がり、およそ鍛錬の後とは思えない速さで食堂を飛び出していった。相変わらず行動だけは素早い。そしてそれと入れ替わるように食堂へ入ってくる田噛の姿。固まる私と卓上に広がる料理を交互に見て、何やってんだと言わんばかりに眉間にしわを寄せた。

「……田噛」
「あ?」
「ご飯、作ったから食べる?」
「食う」

 その後帰ってきた平腹が両手で抱えていた袋の中には、レシピも聞かずに飛び出したものだから必要ない材料ばかりが入っていて。無駄遣いをするなと肋角さんに怒られる事になるのはまた別の話。唯一正解してたのは板チョコぐらいだったかな。



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