※本家様で掲載されていたエイプリールフールネタです。木舌が先生とかずるい。



 ほんの少し。ほんの少し約束を破っただけだった。
 放課後のチャイムが鳴ってきっかり三十分後に準備室においで。そう朝に言われ、私はその事をきちんと放課後まで覚えていた。けれど何が起こるかなんて予想できるはずもなく。マキ先生に頼まれて平腹の宿題をみている間に、約束の時を二分、過ぎてしまったのだ。
 たったそれだけなのに、目の前の先生は恐ろしい顔で笑っている。恐ろしい顔なのに笑っているなんておかしい表現だけれど、本当にその通りにしか言えないのだから仕方がない。


「ナマエ」

 学校では名前で呼ばない様にと人一倍気を付けているのに、今はその様子もない。もう生徒達は殆ど帰ったとはいえ、まだ校舎には人がいるというのに。
 掴まれた手首が、痛いぐらいに扉へ押し付けられる。足の間に先生の膝が入り込んでいて、閉じる事も出来ない。普段温厚な人程怒ると怖いとか言うけれど、本当にその通りだと思った。

「何できちんと時間通りに来なかったの?」
「その、平腹の、しゅくだい、みて、て、」

 私が話す間にも、先生の手には力が込められていく。先生は力が強いから、思いっきり掴まれると痕が残ってしまう。今は夏服だから隠せない。佐疫や田噛辺りは勘がいいから、きっと気付かれてしまう。

「…ナマエは相変わらず、皆と仲が良いね」

 恐怖で顔が上げられず俯向く私の頭上から、普段聞かないような声がする。苦しいような、切ないような。色んな感情が混ざって混ざって、真っ黒になったような、そんな、声。
 分かってる。先生が私と皆のことを気にしている事も、私との関係に少しだけ、罪悪感を感じている事も。

「せ、せんせ、」
「…しー」

 まるで悪戯っ子を叱るかのように放たれた低い声は、鼓膜を震わせ私の体を固まらせた。唇に当てられた冷たい指先はするすると下りていき、固く結ばれていた私のリボンをいとも容易く解いてしまう。

「言いつけを守れない悪い子には、お仕置きしなくちゃ…ね?」

 耳元で囁かれた言葉に、背中を何かが這い上がるのを感じる。咎める様に、チャイムの音が頭の片隅で響いた。



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