先日届いた箱を抱え、隣の部屋の扉を叩く。どうぞと中から気の抜けた返事が聞こえ扉を開ければ、既にグラスに酒を注ぐ木舌の姿があった。

「わ、早いよ飲むの」
「だってナマエがくれたこのお酒美味しくて」
「まあ喜んでくれたなら良いけど」

 江戸地区に住む友人から貰った酒を、私はあまり飲まないからと木舌にあげたら大層喜んでいて。あげたのは二日前だというのに既に一升瓶が空になりそうな勢いである。このままじゃ明日佐疫に怒られるだろうな。こめかみに銃口を当てられているであろう木舌が容易に想像できた。

「…ん?ナマエ、それなあに?」
「あ、そうそう。木舌に渡したくて持ってきたの」
「おれに?もしかして新しいお酒?」
「違う。ちょっと机の上あけて」

 散らばっていたつまみ類を退けて空いたスペースへ箱を乗せれば、まるでプレゼントを待つ子供の様な目でこちらを見てくる。こういうところが見た目とのギャップというか、むしろ見た目通りというか。とにかく可愛いから困る。

「ねえナマエ、何が入ってるの?」
「気になる?」
「そりゃね」
「じゃあ木舌、開けてどーぞ」
「え、おれ?いいの?」
「うん」

 箱を受け取り包みを破らないよう丁寧に梱包を剥がしていく木舌。徐々に木で出来た箱が姿を現してきて、その蓋を開け中身見た瞬間、綺麗な瞳が大きく見開かれた。

「これ…」
「私用のグラスは置いてもらってるのに、お揃いのものは無いなと思って」

 恐る恐るといった様子でそれを手に取り、ぽかんと口を開けた間抜け顔で見つめていた。
 箱の中央に置かれたそれらは所謂夫婦茶碗の様な、サイズの異なった盃だ。江戸切子というらしく透き通ったガラスに細かな模様が刻まれている。これも江戸地区の友人に教えてもらったもので、初めて見た時はなんて美しいのだろうと感動したものだ。

「綺麗な色でしょ。一目見た時、これだ!って思ったの」

小さな方を手に取り照明にかざせば、きらきらと輝いて淡い緑を部屋の中へ映し出す。
 
「…せっかくあんな素敵な言葉をもらったんだもの。それなりのお返しがしたくて」

 残されたもう片方のグラスも取り出し一緒に並べれば、その輝きはさらに増す。夫婦盃なんて恥ずかしい響きだけれど、左手に光るものが背中を押してくれた気がした。恥ずかしいからとぶっきらぼうな態度ばかりとって、それでも木舌は優しいからと甘えてばかりでいるのは駄目だと、ようやく思えたから。
「…おれ、」

 なにかを堪えるような声で、ぽつりと呟く。ぐっと細くなった瞳にはうっすらと涙の膜が張っていて、ガラス玉のように光を反射していた。私の一番、好きな色。

「こんなに幸せでいいのかな」

 なんだそれと、思わず笑ってしまいそうな台詞だった。あんなプロポーズまがいのことまでしたくせに、この後に及んで自分が私にどれだけ想われているのかを理解していないとは。他人の変化にはやたらと敏感なくせに、自分に対する感情に関してはほとんど気付かない。たまに気付いたとしても、きちんと目に見えたものや行動にしないと信じない。
 面倒な男だ、本当。でもそれがこの男を愛おしいと思わせるものの一つなのだから、きっと側から見たら私も大概なのだろう。

「私だって幸せだよ」

 残りがすっかり少なくなってしまった瓶を傾けそれぞれのグラスに注ぐ。大きい方を木舌へと渡し、小さな方を持ち上げこぼさぬよう優しく縁を合わせれば、小さく、かちん、と音が鳴った。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 まるでどこぞの小説のように頭を下げると、慌てた声で「こちらこそ…!」と同じ様に頭を下げてくる木舌に、この人とならいつまでも笑っていられる、そんな気がした。



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