斬島はとてもきっちりした性格をしていて、任務が有ろうと無かろうと起床時間は大体同じだ。だから自ずと朝食の時間も決まっており、私も毎日それに合わせて起きて一緒に朝食を取っている。しかし、今日はその姿がどこにも見当たらなかった。あの斬島が時間通りに来ないなんていったい何事だと心配になって、朝食を取らずその足で斬島の部屋を訪れた。

「斬島?」

 扉を叩くが応答は無い。今日は任務は無いと肋角さんから聞いていたから部屋にいるはずなんだけど…。もし何処かに行くとしたら、斬島は必ずそれを私に伝える。何処へ行って何時に帰ってくるという、細かい事まで正確にだ。

「…あれ?」

 ノブを回せばかちゃりと音がした。鍵が閉まってない。いくら館の中とはいえ不用心だなと思いつつゆっくり扉を開ければ、布団がこんもりと膨らんでいた。やっぱりいたのかとそこへ近付けば、しっかり瞳を閉じて熟睡する斬島の姿が。普段だったら部屋に誰か入った時点で目を覚ますぐらい気配には敏感な斬島にしては珍しい。よっぽど疲れていたのだろうか。

「斬島?おーい、朝だよー」

 膨らみをぽんぽんと叩くが、起きない。それどころか隠れるように更に布団を被るものだから、なんだか子供を見ている様で微笑ましくなる。子供いたこと無いけど。

「斬島くーん、おき、っ!」

 今度は揺すりながら呼び掛けると、突然腕を掴まれ強く引かれた。完全に油断していたせいかそのまま勢いよく背中から倒れ込む。体に走る強い痛みに思わず声を上げると、薄く開いてこちらを見ていた瞳が徐々に見開かれていくのが分かった。

「……ナマエ?」
「びっ、くりしたあ…」
「何でお前がここに…?」
「起こしに来たんだよ。もういつもならご飯食べてる時間だよ」
「そうか…」
「うん」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「………あの、斬島さん」
「何だ」
「退いてほしいんですが…」
「……………」
「ちょっ、こらこらこら!」

 こんな体勢になってしまった理由は全く不純なものではないけれど、さすがにずっとこの状態はまずい。それに早くご飯食べに行きたいし。そう思い、いつまで経っても動かない斬島に退いてくれと頼む。けれど、少し考える素振りをしたと思ったら、何故かそのまま私の上に倒れ込んできた。

「ぐえ、斬島っ、重い!」
「………………」
「寝るなこらー!」

 蛙が潰れた、いやまあ比喩でなく本当に潰されたんだけど、そんな情けない声を出しながらも慌てて背中を叩く。痛いとでも言いたげに向けられた視線を無視し更に必死に叩けば、渋々といった様子で退いてくれた。息が苦しい…。

「っはー…ほら、起きて」
「…………」
「準備手伝うから、早くご飯食べに行こう?キリカさん達にも悪いし」
「ああ…」

 起き上がり、寝床の近くに置いてある箪笥を開けて私服を取り出す。放っておくと斬島は変なティーシャツを着るから、私服を選ぶのは大抵私だ。

「それにしても、斬島が寝坊なんて珍しいね。昨日の任務そんなに大変だったの?」
「いや、そういう訳ではないんだが…」
「じゃあどうしたの?」
「……ナマエ」
「ん?」
「こっちに来てくれないか」

 胡座をかき自身の足を叩く斬島。ここに座れ、という意味だろう。寝間着姿の斬島は妙に色気があるからかなんとなく恥ずかしくなってくるけど、真剣な表情を見てたら拒否する気にもなれなくて。持っていた服を置いて、お邪魔しますと座った。

「どうしたのいきなり」
「そのまま動かないでくれ」
「え、うん…」

 振り向こうとすると制止をかけられる。がさがさと袋を漁る様な音と箱を開ける様な音がするけれど、それが何かは分からない。いったい何が始まるんだ。落ち着かず思わずもぞもぞ動いてしまうと、斬島が小さく笑っているのが分かった。

「そんなに不安か?」
「不安っていうか…気になるかな」
「そうか」

 そのどこか楽しそうな言葉と共に小さな金属音がしたと思ったら、首筋に何かが触れた。驚いて視線を下に落とせば、鎖骨の辺りできらきら光っている。

「え、ど、どうしたのこれ…」
「この前、この世で見かけたんだ」

 一目見た瞬間にお前の顔が浮かんだ。と言う斬島の声は、いつもより優しくて。こちらを見つめる青と同じ色の石が、窓から差し込む朝日を受けて思わず目を細めてしまう程輝いている。

「…もしかして、これどうやって渡そうか悩んでて寝るの遅くなっちゃったとか?」
「…どうして分かったんだ」
「はは、斬島らしいね」

 私に似合いそうという理由で買ったはいいものの、どう渡すか悩んで寝るのが遅くなるなんて、真面目な斬島らしいなと思う。

「ありがとう。大切にするね」
「ああ」

 指先で転がせば光を反射して輝く。シンプルなデザインだけれど、今まで見てきたどんな宝石より輝いて見えるのは恋人としての贔屓目だろうか。誰に咎められる訳でもないからいいのだけれど。

「そうだ、鏡で、っ」

 せっかくだから鏡で見たい。そう思い立ち上がろうとした瞬間、首の後ろに生温かい感触がした。それが何なのかすぐに分かったのは、所謂そういう行為をする時、斬島はいつも同じ事をするからだ。無意識のうちの逃げようとした体は、後ろから伸びてきた手によって動けなくなる。

「っ、き、きりしま…」
「ナマエ、いいか…?」
「だ、駄目…」
「何故だ?」

 きょとん、という効果音が付きそうな、この雰囲気には似つかわしくない顔でこちらを見てくる。たぶんこれは、本当に分かっていないやつだ。それを私に言わせますか。

「だ、だから、早くご飯食べちゃわないとキリカさんにも悪いし…」
「昼に食べればいいだろう。キリカさんはそんな事気にしない」
「う、えっと、あやこが、天気もいいし洗濯したいって言ってたから、斬島もシーツとか出した方が、」
「昨日洗っておいた」
「えええ…」
「ナマエは俺としたくないのか」

 うわ、きたこれ。きちゃったよ。斬島の、恥ずかしげもなくドストレートに聞いてくるやつ。何で言った本人じゃなくてこっちが恥ずかしくならなきゃいけないのよ。

「いや、そういう訳じゃない、けど…」
「じゃあいいのか」
「いや、ま、まだ昼だし…」
「時間は関係ないだろう」
「いやいやあるよ!大いにある!普通そういう行為は、その、よ、夜にするものであって…」

 何で私恋人の目の前でこんな恥ずかしいこと言ってるんだろう。馬鹿じゃないか。片や至極真面目な顔でその行為をしたいと言い、片やそれはいつするものだからと冷や汗かきながら説明をしている。この図、滑稽すぎる。

「う、だ、大体、なんでいきなりそんな、き、気分になった訳!?」

 このままだと本当に流されそうでまずい。半ばやけくそで聞くと、いつの間にか太腿を撫でていた斬島の手がぴたりと止まった。その手はゆっくりと、まだ熱を持つそこに優しく触れる。

「ナマエのここを見ていたら、したくなった」

 何それ、何だそれ。理由にもなってない、完全に斬島の勝手な言い分だ。そう言いたかったけれど、乱暴に塞がれた唇では何も言えなかった。絡まる熱を感じながら、それならこのプレゼントもある意味斬島の欲望を形にした物なのかもなんて考えて、思わず笑ってしまった。



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