夕飯を終え食堂から出ると、執務室から出て来た佐疫と鉢合わせた。今日は任務だと言ってたから、その報告を終えたところだろう。彼は私に気付くと、心なしか楽しそうな笑顔でこちらに駆け寄って来た。

「お帰り佐疫。帰ってたんだね」
「うん。ただいま」
「ご飯食べた?」
「ううん、まだだよ」
「そっか。じゃあ早く食べちゃいなよ。お腹減ったでしょ?私作るからさ」
「うん。でもその前に渡したいものがあって」
「渡したいもの?」
「手出して」

 言われた通り手を差し出すと、佐疫は胸ポケットから何かを取り出しこちらに渡してきた。

「わあ…」
「似合うと思ったんだけど、どうかな?」
「すごく綺麗…」

 手の中で光るそれは、佐疫の瞳と同じ色の石が付いた簪だった。全体が銀色でその石と小さな鈴以外の装飾は無く、落ち着いた雰囲気の物。少し揺らす度光に反射してとても綺麗だ。

「貰っていいの?」
「勿論。その為に買ってきたんだから」
「ありがとう」

 壊さないように握る手に少しだけ力を込める。普段獄卒として働いているけれど、私だって女だ。恋人から、似合うからとこんな綺麗な物を渡されれば嬉しくなるに決まってる。何度も光に翳してその美しさを堪能していると、佐疫が小さく呟いた。

「…ねえ、ナマエ」
「ん?」
「この世の江戸時代では、男が女に贈る物にはそれぞれ意味があったんだ」
「意味?」
「そう。着物は『その着物を着た主を脱がせたい』。紅は『唇を吸うてみたい』、って感じにね」
「へえ…初めて聞いた」
「そうだろうね。辺境の地のものだし」
「じゃあこの簪にも意味があるって事?」
「うん。分かる?」
「…分からない」

生憎私はその辺りの時代の生まれではない上に、生前の記憶は殆ど無いのでその意味は分からなかった。返答を聞いた佐疫は、その言葉を待ってましたと言わんばかりの楽しそうな顔で私の手から簪を取り、髪に緩く刺してきた。

「佐疫…?」
「男が女に簪を贈る意味はね、」

 佐疫の言葉は、そこで止まった。代わりにゆっくりと近付いてくる、石と同じ色の瞳。いつもなら恥ずかしくて後ずさっていたかもしれないけれど、まるで石になってしまったかのように体は動かなかった。耳元で吐息交じりに囁かれる。

「その綺麗な髪を乱してみたい」

 数秒経って言葉の意味を理解し、じんわりと頬が熱くなっていくのが分かった。佐疫の声が終わると同時に、するりと撫でられた髪に揺られ鈴が小さく音を立てる。

「廊下だし、直接言うのもどうかと思ったからね」
「………直接よりやらしいよ…」
「うん。ナマエがそういう反応すると思ったから」

 似合うと思ったからあげたのも勿論あるけどね。理由は後付けだよ。なんて、どっちが本当か分からない笑顔で佐疫は言う。こちらを見つめる水色の瞳は優しいのに、どこか熱を含んでいるのはきっと気の所為ではない。

「…ね、ナマエ。やっぱりすぐ俺の部屋行こう」
「っえ、でもご飯は…?」
「なんだかご飯の気分じゃなくなっちゃった」

 するり、と指同士が絡む。優しく手を引かれ、ゆっくり佐疫の部屋へと歩み始める。しっかり繋がれた手から熱が伝わってしまう気がして、誤魔化すようにその手を強く握り返した。



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