「ナマエ発見〜」

 任務の報告を終え自室に帰ろうとしたところ、通り過ぎた木舌の部屋の扉が開く音と共に気の抜けた声に名前を呼ばれた。振り返れば赤い顔をした木舌の姿が。最悪だ。疲れ切っている時にこの男の相手をするのはとても疲れるのだ。

「木舌…」
「報告終わったとこ?よかったらこれから一緒呑まない?」
「明日も任務あるから遠慮しとく」
「え〜いいじゃん呑もうよ〜」
「嫌。木舌に付き合うと次の日しんどいんだもん」

 恋人に対してそんな風に言ってしまうのは少し冷たい気もするが、ここで下手に優しさを見せると散々呑まされ朝まで付き合わされるのだ。任務で疲れている身としては早く帰って寝たい。それは木舌も分かっているはずなのに、逃がさないとでも言いたげに腕を掴まれる。いつもだったら一度断ればそこで諦めるのに。

「ちょっと、木舌…」
「ね〜いいお酒あるからさあ」
「だからいいって」
「ナマエが呑んでくんなきゃおれ一人で全部飲んじゃうよ〜」
「………………」
「ね?ナマエお願い…」
「あー、分かった分かった」

 木舌の部屋の中、机の上に置かれたまだ封の開いていない一升瓶がちらりと見えた。流石にあれ一人で呑ませたら大変な事になるし、何よりここで放置したら、なんで放っておいたんだと佐疫に言われそうだ。そうなってしまうよりは一緒に呑んでセーブさせるのが一番良いだろう。それに見た所木舌は既に大分酔っているから、潰れるのも時間の問題だ。そうなったら置いて帰ろう。返事を聞いて満足したのか、私を部屋に案内し席に座らせると、戸棚からグラスを取ってきていそいそ酒を注ぎ始めた。以前木舌が私用にと買って部屋に置いておいてくれた小さめのグラスだ。氷がからから音を立てる。

「これ凄く美味しいお酒なんだよ」
「へーそうなんだ」
「甘いからナマエも呑みやすいと思う」

 グラスを受け取り少量口に運ぶと、疲れもあってか一気に味が広がった。鼻から抜ける甘みが疲れた体に染み込む。仕事終わりの一杯が好きという木舌の気持ちも何となく頷ける。

「本当だ甘め…ん?」

 グラスを傾けてみると、何かが光った。照明の反射かと思ったけれど、よく見るとグラスの底で何かが光っている。

「木舌」
「ん?」
「何か入れた?」
「ん〜?ふふ」

 これは入れたな、と確信した。何も言わない辺り、私自身でそれが何なのかを把握する様にしたいのだろう。つくづく遠回りな男だ。

「もー何入れたの…」

 残っていた酒を全て呑み干し、氷を避けながらグラスの中に指を入れなんとかそれを取りだす。濡れてしまった手を拭きながらそれを見た瞬間、予想外の物に思わず固まってしまった。

「え…え?」

 一瞬でパニックになる私を他所に、目の前の木舌は楽しそうに笑っていて。大きな手が私からそれを奪っていったと思ったら、ゆっくりと指に嵌めてきた。しかも、左手薬指。

「………………」
「あ、ぴったりだ。良かった」
「…いやいや良かったとかじゃなくて!」

 問題はそこじゃない。流石にこの指に嵌められた意味が分からない程初心な訳ではないけれど、こんな急な展開だと頭がついていかない。現に反応が一瞬遅れてしまった。私が言わんとしている事を察したのか、木舌はその大きな手でまるで安心させる様に私の手をすっぽりと包み込み、そしてにっこりと笑った。いつもは冷たい手が、やけに温かい。

「木舌、」
「ねえナマエ」
「あ、な、なに…」
「おれ達は絶対に死なないんだから、永遠って凄く素敵な言葉だと思わない?」

 少し垂れた翡翠色が細めら、そう発した。込められた言葉の意味と伝わる熱に全てを理解する。何百年、何千年と共に生きて来たというのに、今更何を不安に感じているんだ、この男は。

「……そうだね、凄く素敵」

 答えなんて分かり切ってる。想いを告げられたあの日から、終わりの無い日々全てをこの男と共に過ごすと決めたのだ。私のその言葉に安堵しいつもの微笑みを見せる姿が愛おしいと感じるなど、この男は知りもし無いのだろう。だからこそ今更、指輪なんて目に見える物を渡してあんな事を言ったのだ。

「…木舌」
「ん?」
「……………」
「ナマエ?」
「…き、木舌は、嵌めないの…?」
「!」

 ああ恥ずかしい。こんなバカップルみたいな事自分が言うなんて思ってもみなかった。不安に感じるなんてと思ったとはいえ、こういった目に見える物がある事に喜びを感じている自分もいて。慌ててポケットから取り出し自分の指に嵌め、嬉しそうに私に見せてくる木舌。同じデザインの指輪が光を受けてキラキラと光っている。それを見て全身が幸せを感じているんだから、つくづく私も単純だと思った。

「ところでいつ買ったの、これ」
「この前任務でこの世に行った時に」
「よく私のサイズ分かったね」
「もう何度も握ってるからかな」
「…なんかロマンチックに言ってる所悪いけど、若干気持ち悪いよ」
「え、」



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