獄卒だから、というのは、他人からしたら言い訳に聞こえるのだろう。けれど実際着飾った所で戦闘になってしまえば直ぐに意味を失ってしまう。剥がれ落ちたそれを見た時の私の気持ちなんて、きっと誰にも分からない。
 それでもまた同じ事をしてしまうのは、共にいたいと思える人に出会え、その人から少しでも可愛く見られたいという、以前の私からは考えられないような思考が生まれているからなのだろうか。


「ナマエ」
「わ!」

 まるで絵の具に乱暴に浸したかのように色付いている指先を眺めていると、いつの間に入って来たのか、背後に災藤さんがいた。相変わらず気配が無い。大きな声を上げ驚く私を見て、災藤さんはクスクス笑っている。

「災藤さん、いつの間に…」
「ノックしたんだけどね。気付いてない様だったから、何してるのかなと思って」
「あ、すいません…」
「いいよ。それより、久し振りに見るね。ナマエがネイルしてるところ」
「え、」

 その言葉に、思わず声が漏れた。確かに以前ネイルはしていた。けれどそれは何百年も前、私と災藤さんが恋人という関係になる前の話だ。あの頃はまだ獄卒に成り立てで、副長である災藤さんとこれといった会話をした事がなかったから、気付いていないと思っていたのに。

「気付いてたんですか…」
「勿論」

 予想外の返答に嬉しさが込み上げる。完全片想いと思ってた時期に、災藤さんも少しは私の事を気にしてくれていたという事なのだから。少し赤いであろう頬を隠すように手を当てる。恋人という立場になったのに、昔の事でこんなに喜んでしまう辺り、私もまだまだ女らしいなと笑ってしまう。
 ふと、頬に当てたその手が災藤さんによって掴まれた。どうしたのかとそちらを振り向くと、私の指先を確認するようにじっと見つめる災藤さん。…あまり綺麗に塗れていないからそんなにじっくり見ないで欲しい。無意識のうちに逃げる様な体勢になるけれど、それはいつの間にかお腹の前に回された腕によって阻まれた。

「あのー、災藤さん…」
「ああ、やっぱりそうだ」
「?」
「この色、以前と同じだろう?」

 それも当たりだ。獄卒になってから着飾る事を止めてしまったから、ネイルなんて長い事買っていなかった。今回だって引き出しの奥底に仕舞い込んでいた残りを塗ったというのに。そこまで覚えてるなんて、どんな頭してるんですか。流石副長、とでも言うべきなのだろうか。

「もう長い間塗っていなかったから、どうしたのかと思っていたんだけど」
「…塗ってもすぐ剥がれちゃうんで諦めてました。それに、上手く塗れないので」
「ああ、それは確かにそうだね」

 そこは否定して欲しかった。いやまあ、否定も何も汚いのは事実だからしょうがないのだけれど。恋人にここまではっきり言われてしまうとなんだか複雑だ。

「今度からは私が塗ってあげるよ」
「え!や、大丈夫ですよ!もう塗らないですから…」
「どうして?」
「どうせ、その…戦闘や鍛錬の時に剥がれちゃいますし…」
「また塗ればいいだろう」
「そんな何度もご迷惑は…」
「迷惑なんかじゃないよ。私がしたいんだ」
「でも…」
「それに、また塗り始めたなら丁度良かった」
「え?」
「今度からは、この色にしなさい」

 ポケットを探ったと思ったら、災藤さんはまだ封が切られていないネイルを渡してきた。災藤さんの瞳と同じ色が、私の手の中で転がる。

「前から、赤い色なのが気に食わなかったんだ」
「き、気に食わなかったって…」
「まあ肋角の色も綺麗だから、気持ちは分かるけれどね」

 紅い色を塗っていたのは、大人の女性は真っ赤なものとかそういう、今思うと何とも幼稚なイメージがあったからなんだけれど。どうやら災藤さんの中では、赤イコール肋角さんという方程式が成り立っているらしい。だから私が赤を身に付ける事が、あまりいい気分ではないのかもしれない。なんだか嬉しい。

「それに、」
「?」
「せっかく左目は私と似た色をしているんだ。それを塗るのも悪くないだろう?」

 災藤さんの、細いけれどしっかりとした指が私のものと絡まる。その言葉一つで、せっかく塗ってもらった色を剥がさないようもう少しだけ女性らしく振る舞おうかな、なんて考える私は現金だろうか。



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