備品が足りなくなったから買い出しに付き合って欲しいと抹本に頼まれたのは、一時間程前の事だった。館を出る辺りで暗くなっていた空を見て何となくそんな気はしていけれど、まさかここまでとは。雨宿りの為に入った何処かのお店の軒下から見上げた空は分厚い雲が覆っていて。そこから降り注ぐバケツをひっくり返した様な雨に思わず溜息をついた。

「やまないね…」
「そうだね」

 そういえば朝、今日は午後から雨が降るから傘を持って行った方がいいよ、と佐疫が斬島に言っていた。任務に行く斬島に傘を持たせるなんてシュールだなと少し笑ったのを覚えている。きっと佐疫は外套の中に色々入れられるからそう言ったんだろうけど、外套を着ていない斬島からしたら傘なんてどう持ち歩けばいいのか分からないし、寧ろ邪魔になるだろう。刀と一緒に傘を腰に差す斬島とか逆に見てみたいけど。

「…あれ?そういえば抹本さ、」
「え?」
「外套の中に傘とか入ってないの?」
「さすがに傘は入れてないかな…」
「そっかあ…」

 抹本も外套を着ているじゃないかと思い聞いてみれば、あの困り顔が更に困った顔になった。言われてみれば、抹本が外套から出すのは薬しか見た事がない。佐疫が武器から日用品に至るまで割と何でも出してくれるものだから、感覚がおかしくなっていたのかもしれない。特殊なのは佐疫の方という事か。

「どうしようか。このままここで待ってるのもまずいでしょ」
「え、何で?」
「だってさっき買った薬、早く冷蔵庫に入れないといけないんでしょ?」
「あ、ああ、そうだね…」
「んー…あ、そうだ。私傘買って来るから、抹本ここで待っててよ」
「え!?」
「ずっと待ってて薬駄目にするよりはいいでしょ。すぐ戻ってくるから」
「ちょっ、ちょっと待って!」

 軒下から出ようと一歩踏み出した瞬間、慌てた声と共に後ろから腕を掴まれる。

「何、どうしたの」
「えっと、その…」
「………………」
「…………えーっと…」
「…………はっきり言う!」
「はい!傘はいらないです!」

 私の言葉に叫ぶ様に返事をした抹本。何を言っているんだと思わず眉間にしわを寄せると、それに気付いた抹本も同じ様にしわを寄せていた。最も、抹本のしわは困った時に寄るものだけれど。

「いらないって…傘も無しにこんな雨の中どうやって帰るの」
「だから、えっと…こっち来て、」
「なに…っ!」

 返事をするや否や掴まれた腕を引かれ、気づいた時には頭上が何かに覆われていた。驚いて抹本を見るけれど、隠されていて上手く見えない。それが彼の外套だと気付くのに少し時間がかかった。

「ま、つもと、」
「これで帰ろう」
「ちょ、っわあ!」

 そのまま肩を抱かれ走り出す。半ば引きずられる様な形で前へ進む。いつも隠されているその体は、私と大して変わらない身長のくせにやたらと大きく感じて。肩に触れる手からじわりと体温が伝わってくる。何これ。何だこれ。



「ふー、あんまり濡れなくて良かったね」
「………………」

 館に着いて、掴まれていた肩が解放される。開けた視界の中で、私と触れ合っていた反対側、色の変わった抹本の制服が見えた。そのくせそれを隠す様に、あまつさえあまり濡れなくて良かった、なんて。

「ナマエ?」
「…抹本のくせに!」
「え!?なにがっ、痛い!」

 何だそれ何だそれ!普段は鍛錬でも私に負けるし、暗い部屋で薬ばっかり弄ってるくせに。くせに!何でさらっとそんなかっこいい事するのよ!
 一瞬でもときめいてしまった事が悔しくて、それを隠す様に抹本の肩に一発お見舞いしてやる。

「な、なに、何で怒ってるの!?」
「うるさい!もう!」
「えええ!?」

 混乱する抹本を置いてなるべく早足で自室へ向かう。後ろから疑問交じりに呼ぶ声が聞こえるけれど、こんな状態で振り向ける訳がない。
 今迄全く意識していなかった分、じんわり熱を持った頬とこの胸の高鳴りをどう処理していいのかが皆目見当もつかない。素直に認めるのは悔しいから、今はまだ気づかないふりをしていたい。



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