午前の内番も終わった昼下がり。小腹を空かしたナマエが厨へ向かうと、中から甘い香りが漂ってきた。厨の主である歌仙と光忠は先程まで広間でお茶を飲んでいたから、この香りは誰によるものかと思ったが、中を覗き見えた特徴的なエプロンに、すぐに合点がいった。

「小豆さん、今日は何を作っているんですか?」

 丸められた大きな背中に駆け寄り後ろから覗き込めば、気配は感じていたのかさして驚いた様子もなく。ちらりとナマエへ視線を向けると、わざわざ一つ手に取って見せてくれた。

「いちごのぜりーだよ。このまえ、あるじがみていたほんにのっていてね」
「凄い、綺麗ですね」

 以前小豆が審神者に強請っていた『スイーツ』専用だという、飲み物用とは違う少しだけ細長い器には、僅かに濃さの異なる赤色が三層に重なっている。ぷるぷる動く半透明のそれは、小窓から覗く光を反射して少しだけ輝いていた。

「あとはこれにいちごをのせれば、かんせいだ」
「あ、じゃあ、私お手伝いします。ここの苺を乗せればいいんですか?」
「ああ、たのむよ。ありがとう」

 籠に山盛りに乗せられた真っ赤な苺を、生クリームを絞っていく小豆の後を追い丁寧に乗せていく。たった一つ乗せられたそれが、ゼリーの赤と互いに際立つように輝いている姿に、思わずため息が出てしまう。

「そういえば、今朝方謙信くんと五虎退ちゃんが一生懸命畑を走り回っていたのを見たんですけど…これのための苺を取っていたんですね」
「はは。おてつだいをすれば、すこしだけおまけをしてあげるといったからかな」
「あはは、なるほど」

 こんなに綺麗で可愛らしいのだ。食べることを考えたら、楽しくなってしまうのも分かる気がする。加えておまけ、なんてものを貰えるとなれば、子供のような短刀達が喜ぶのはもはや必須の事だろう。

「あ、じゃあ私も、おまけを貰えちゃったりします?」

 なんて、冗談だったのだ。何か貰えればそれは確かに嬉しいけれど、貰えなければ手伝いをしないといった意味では決してなかった。話の流れで、そう、何となく。
 ナマエが冗談交じりにそう言えば、小豆は少しだけ考えるような素振りを見せた後「そうだね…」と小さく呟きながら、皿に数個残った苺の中から一番大きな物を摘まみ、そして彼女の前へ差し出した。

「…え?」
「ナマエは、てつだってくれた"いいこ"だからね」
「そ、え…」

 予想外の行動に、危うく落としそうになった籠を持ち直す。思わず後ずさりをしそうになるも、どこか有無を言わさぬ様子の小豆に気圧されそれもできない。

「ほら、くちをあけて」
「っ、ん…」

 柔らかく跳ねる唇に、少しだけ大きな苺が触れる。ふるりと震えたそこをこじ開けるように押し込まれ反射的に噛んでしまえば、途端に口内へ甘い香りが広がった。

「おいしいかい?」
「は、はい…」
「それはよかった」
「え、あっ、」

 料理をするからか珍しく手袋の外された指先が、薄く開かれたナマエの唇を拭うように撫でる。親指の先が軽く差し込まれたと思ったら、ちぅ、なんて。小鳥が囀るような可愛らしい音を立てて吸い付かれた。
 あまりに自然な、けれど唐突すぎるその流れに、今度こそ籠の中身は床へと落ちていってしまった。

「な、なん、っ」
「うん、いちごみたいで…とてもきれいなあかだ」
「っう、んん…」

 ああこれ、聞いてないやつだ。
 目をきゅっと細め、真っ赤に染まった頬を撫でながら嬉しそうに呟くと、今度は遠慮することなく何度も唇を重ねる。

「まっ、小豆さ、ふ、ん」
「…くちをあけてほしいんだけどな」
「いや、だ、駄目ですって…!」

 いつ誰が来るとも分からない厨。しかも時間は、そろそろ15時を回る頃だ。今日のおやつを楽しみにしていた短刀達が待ちきれずに駆け込んでくるかもしれない。こんなところを見られたら、それこそ恥ずかしさで死んでしまう。
 きちんとした言葉にはならずとも、ナマエの言いたいことは分かっているのだろう。小豆は楽し気にくすりと笑うと、脱力したナマエの身体をようやく解放した。けれど相変わらず腰に回した腕はそのままだ。

「っは、な、んでいきなり…」
「"おまけ"をちゃんとあげていなかっただろう」
「だ、だって、それは苺じゃ…」
「だれも"いちごがおまけだ"なんて、いっていないよ」
「っそ、それはずるくないですか…!?」
「そうかもしれないね」

 言いながらも、静かにと窘めるように再び顔が近づく。今度は軽く触れるだけでなく、口端や下唇を食んだりと遊ぶように重ねられた。逃げ出そうにも、後頭部と腰に添えられた手がそれをさせてはくれない。
 いつの間にか入り込んでいた舌は、好き勝手にナマエの口内を撫で上げる。歯列や上顎、舌の付け根。優しく弄ぶ動きに抱き込まれた身体からは徐々に力が抜けていき、支えられることでやっと立っているような状態だった。

 蕩けていきそうな思考の中、遠くで誰かの声が聞こえる。好い仲の二人が厨にいると、察しているのかどうか定かではないが。不自然なほど誰も近寄らないというのは、まあそういう事なのだろう。
 期待にも似た気持ちで持ち上げた腕を、覆いかぶさる身体へと回し甘えるように身を寄せる。重なる唇が、少しだけ嬉しそうに震えるのを感じた。



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