※大学生設定です。
捏造ばかりです。
同じクラスだった川西くんの瞳がとても苦手だった。
ふらふらと宙をさまよっているように見えて、実は様々なものや人の細かいところまでとらえる。
そんなぜんぶ見透かそうとしているような瞳の光が心臓の在り処を探しているようで怖かったのだ。
隠し事もうそも、なにもかもすぐに見つけてしまいそうで。
偶然にも川西くんと同じ大学へ通うことになり、偶然にもキャンパス内で再会し、偶然にも同じ授業をとっていた。
何の気まぐれなのか川西くんから誘われていっしょに授業を受けるようになり、気付けばよくいっしょに行動するようになっていた。
高校時代に感じていた川西くんの怖さはどこか和らいだ気がして、ちゃんと瞳を見て話すことができて少しうれしかったっけ。
そんなうれしさを感じるのも束の間だった。
川西くんに誘われて映画を観に行った日、帰り道で川西くんに告白された。
何が何だかさっぱり分からず困惑するわたしを、和らいでいたはずのその瞳が、まるで裏側を読み取ろうとしているように光った。
瞳の鋭さはそのままわたしの心臓を貫いてしまった。
怖く思っていたはずのその瞳を独り占めしたいとおこがましいことを思ってしまった。
そうしてわたしは、川西くんの手を取ってしまったのだった。
「ミョウジ、悪いんだけど洗濯しまってくれる?」
川西くんの部屋は正直あまりきれいではない。
読んだ本が散らかったままだし、脱いだ服も置きっぱなし。
昨日食べたらしいカップ麺は机にそのままだし、小型の掃除機は少しほこりをかぶっている。
けれど、居心地がいいのだから不思議な部屋だと思う。
川西くんに「うん」と返してから鞄を置いてベランダに出る。
大学に入学すると同時に一人暮らしをはじめたという川西くんだったけど、いまだに家事には慣れないらしい。
夕方まで放ったらかしにされていたしわくちゃのタオルやTシャツに苦笑いをこぼしつつ洗濯かごに入れて部屋に戻った。
「アイロンある?」
「え、どっちの?」
「どっち?」
「髪のほう?」
「ううん。
服のほう」
「ない」
川西くんはあっけらかんとして言うと、わたしが取り込んだ洗濯ものに目をやる。
そして「あーいいよ、しわくちゃのままで」と笑った。
いいんだ。
ちょっと驚きつつ本人がいいと言っているしアイロンがないんじゃどうしようもない。
苦笑いしつつ「分かった」と返して畳むことにする。
川西くんは散らかったごみをごみ箱に捨てながら、「え、畳んでくれんの?」とちょっとびっくりした顔をした。
畳み方にこだわりがあるタイプなのだろうか。
やめたほうがいいか聞くと川西くんはぶんぶん首を横に振って「いえ、畳んでください」と笑った。
ごみを片し終わった川西くんはテレビをつけてわたしが畳んだ洗濯ものをタンスにしまっていく。
Tシャツ類をしまうときに、「あ」と言ったのち何かをタンスから引っ張り出した。
「はい」
「……?
なに?」
「え、今日泊まってくっしょ?」
「……え、あ、う、うん?」
「パジャマ」
泊まるんだ、わたし。
当たり前のように決まっていたらしいそれに内心笑いつつ、パジャマとして貸してくれるらしい服を受け取る。
受け取ってからハッとした。
見覚えのある服な気がする。
ちょっと濃い色の紫と白のジャージ。
広げて思わず「なつかしい」と声が漏れた。
「高校のバレー部のだ」
「満を持して出してみた」
「いいの?
そんな大事なジャージをわたしが着ちゃって」
「というか着たところ見たい」
結構な変態発言だった気がするけど、気にしないことにしておく。
まだ来たばかりで渡してきたということは今日はそれが目的だったのだろうか。
「もうさっそく着たら?」
「……完全に川西くんが見たいだけだよね」
「そうですけど、何か」
今日のワンピース、お気に入りなんだけどな。
ちょっと苦笑いをこぼしつつ期待の眼差しで見つめられるとなんとも言えない。
じいっと見つめてくる瞳に心臓がどきどきしてしまう。
夕飯は珍しく川西くんが作ってくれるとのことだったので、その間にお風呂を借りることとなる。
何度か家に泊まらせてもらっているので必要最低限のものは置いてある。
さすがに化粧道具を一式おいているわけではないので、明日帰るときはほぼすっぴんになってしまうけれど。
それ以外の化粧水や乳液などのスキンケア用品や下着がそろっていることが救いだ。
洗面所の棚に置いておいた化粧落としで化粧を丁寧に落としてからワンピースを脱ぐ。
シャワーだけでいいや。
そう思いつつお風呂場へ入り、シャンプーなど諸々を借りた。
いまだに川西くんの瞳に慣れないのだけど、慣れる日はくるのだろうか。
あの瞳のせいでちょっとした隠し事もできないし、ちょっとしたうそもつけない。
川西くんの前だけはとても素直で正直な人間になってしまうのだ。
心地いいような、逆に居心地が悪いような。
川西くんのとなりにいるといつもどきどきして心臓に悪い。
きゅっとシャワーを止めて洗面所で髪と体を拭く。
渡されたジャージを着てズボンを穿いて、最後に長袖のジャージを上から羽織る。
やっぱりぶかぶかだ。
袖の余りように内心苦笑をもらしつつ、肩にタオルをかけて脱いだ服をあらかじめ置いてあった袋に入れてリビングに戻った。
「お風呂借りました」
「お〜……お〜〜……」
「なに、その反応」
思わず笑ってしまう。
どうやらチャーハンを作っているらしい手が止まっている。
「焦げるよ」とフライパンを指さすと、川西くんはこっちを見たりフライパンを見たりと忙しそうに顔を動かした。
「お皿出す?」
「出して……」
「こぼれてるよ」
「いや、うん、思ってたより、いいなそれ」
大満足らしい。
ぼけっとした顔でチャーハンをノールックで皿に盛りつける姿に苦笑いをこぼしてしまう。
ぼろぼろとこぼれるチャーハンに「こぼれてるってば」とフライパンと菜箸をとりあげる。
川西くんは相変わらずぼけっとこちらを見たまま黙りこくっていた。
「男の子ってこういうの、本当に好きなんだね」
「いや、男の子っていうか」
「ちがうの?」
「いや、無理だわ、好き」
会話が成立していない。
「ちょっと写メ撮っていい?」とスマホを取り出そうとする手を押さえて、「机拭いてきて」と笑う。
川西くんはぼけっとした表情のまま「おう」と呟いて若干棚に体をぶつけつつ台拭きを持った。
きれいに拭かれた机の上に、川西くんが作ったチャーハンを並べる。
二人で隣り合って「いただきます」と手を合わせてから食べ始めた、のだが。
川西くんが未だにぼけっとした表情でちらちらと視線が落ち着かない。
「そんなにこういうの好きなの?」
「いや、こういうのっつーか」
川西くんはじっとわたしのことを見ながら、口の中のチャーハンをゆっくり噛む。
ごくり、とそれを飲み込んでから「なんというか」と呟く。
「感慨深いなあ、と」
「え、どういう意味?」
「高校のときから好きな子が俺の青春を着てることが」
「……え」
「すげー感慨深い」
「やっぱあとで写メらせて」と言ってから視線を外す。
またチャーハンを食べ始めた川西くんはぼそりと「感慨深い」と繰り返した。
高校のときから好きな子、って。
そんな話、はじめて聞いた。
驚きつつわたしも視線を戻してチャーハンを食べる。
心臓がどきどきと少し早く動いているのが分かったけれど、知らないふりをしておいた。
心臓は知らないふりをしておいた、けど、やっぱり聞きたくなってしまった。
「あ、あの」
「うん?」
「高校のときからって、言ってたけど」
「そうだけど」
「なんで卒業式のときに言わなかったの?」
ふつうだったら卒業のときに好きな子に告白するんじゃないかなあ、と思うのだ。
けれど川西くんはそんな素振りさえ見せなかった。
大学で再会したのは偶然。
たくさんの偶然がなければわたしと川西くんがこうして交わることはなかっただろう。
それがちょっと、複雑だったり。
大学でいっしょに過ごしているうちにまた好きになってくれたのだし、気にすることではないのだけど。
少し気になったその疑問をぶつけられた川西くんはきょとんとした。
「え、だって」ととても当たり前のように言う。
「ミョウジ、俺のこと怖がってたし」
「え!」
「フラれるくらいなら今はやめとこって思ってさ。
大学いっしょって知ってたし」
「そ、そうなの?!」
「そうなの。
で、大学で話していくうちになんか怖がられてないな〜って思ったから」
仲良くなりたくてがんばりました。
川西くんはそうはにかんだ。
やっぱり川西くんの瞳はなんでもお見通しだったのだ。
わたしがその瞳を怖がっていることなど、当時からとっくに見透かしていた。
そうしてだんだん怖くなくなっていったことも何もかも。
川西くんの瞳には色づいて映っていたのかもしれない。
驚いているわたしを少し笑ってから「ミョウジのことならなんでも分かるから」と言う。
「なんでもはさすがに無理でしょ」
「今は俺のこと、大好きーって目をしてる」
「悟ったり〜……あ、これ高校の先輩の真似な」と付け足す。
思わず顔が熱くなってしまうと「ほら、当たった」とはにかんで、濡れているわたしの髪をわしゃわしゃと撫でる。
たぶんずっと、こんなふうに見透かされていたのだろう。
だんだん川西くんのことが好きになっていったのも。
わたしより先に気が付いたのは川西くんだったのかもしれない。
そう思うと恥ずかしくて仕方がないけれど、それと同じくらいうれしかった。
coffin of dazzle
ALICE+