昔から「女の子らしい」というよりは「男勝り」が自分には当てはまると自覚はあった。
同年代の女の子たちがかわいい服を着てかわいい人形でおままごとをしている中、わたしはというとTシャツに短パンで虫取り網を片手に昆虫を捕まえていた。
大きいクワガタを捕まえたら周りの子に自慢をしたっけ。
なぜだかそんなふうな幼少期を過ごし、今に至る。
さすがに昆虫採集はしなくなったけど、高校でもおおよそ「男勝り」と言われるような感じなのだろう。
男子たちは数少ない女子のクラスメイトに力仕事をさせまいとしているのに、わたしにだけは「ミョウジは大丈夫だろ〜」と言う。
それが気楽だし別に嫌ということはないのだけど。
どこか自分の中の何かをしばりつけているような気がし始めていた。
部活がオフだった休日に一人で本屋に出かけたときだった。
偶然通りがかった雑貨屋さんが妙に気になって中に入ると、とても好みのシュシュを見つけた。
色もデザインも好きなものだったし、あまりそういうものを気に入ることがないので思い切って買ってみた。
バレー部のマネージャーとして部活をしているときは髪が邪魔でよく結んでいるし。
部活以外でも最近は髪をずっと結んでいるのでちょうどいい。
あまりそういうかわいらしいものは付けたことがなかったけど、ただの髪ゴム一つじゃなんとなく物足りない気がしていた。
明日からつけていこう、そう思うと少し楽しみが増えたように感じた。
朝目が覚めると、顔を洗って歯を磨き、髪を整えていつもどおり一つ結びをする。
そうして買ったシュシュを最後につけるといつもより少し気分が良くなった。
今日は朝練がないので制服に着替えてから朝食をとり、しばらくしたのち学校へ出発した。
なんだかんだ「男勝り」と言われるとはいえ、自分もふつうの女子高生だ。
ふつうにかわいいものが好きだし、できれば少しくらいかわいくなりたいと思う。
昔よりは「女の子らしい」人に近付いているのだろうか。
そう思っていたのだが。
教室に入ってしばらくしたのち、よく話すクラスメイトの男子が声をかけてきた。
「ミョウジがそういう女っぽいものつけてんの、なんか変だな」と。
それを聞いていた他の男子も「たしかに」とか「違和感ある」とか「似合わない」とか、同意しながらけらけらと笑った。
「うるさい」と一人一人の頭を叩いてやると余計に笑うものだから、ほんの少しだけ悲しくなった。
「珍しいな」
「……なにが」
「ミョウジが頭にそういうのつけてんのが」
休憩中、鎌先がちょいっとシュシュを引っ張る。
それを見ていた茂庭や笹谷もわたしのシュシュを覗き込んで「本当だ」と驚いた顔をする。
茂庭が「これなんて言うんだっけ?」と言えば「シュシュだろ」と笹谷が返す。
笹谷がシュシュというものを知っていたことに若干驚いてしまった。
「なんかあれだな」
「あれとは」
「なんつーか、違和感あるな!」
鎌先がそう笑うと茂庭と笹谷も同じように笑った。
違和感、か。
わたしの髪の結び目を見ている三人それぞれに蹴りを入れてやる。
三人ともみぞおちに入ってしまったらしく苦しそうにしていたけれど、むかついたので謝らずにそのままにしておいた。
どうせ似合わない。
そんなこと自分が一番わかってるんだから放っておいてくれればいいのに。
気に入ったから買っただけで、別にそういうの言わなくても良くない?
似合わないことは重々承知のうえつけてるんだから。
放っておいてよ。
頭の中でクラスメイトと鎌先たちに文句をぶちまけつつ、マネージャー業務に戻った。
家に帰ってすぐにシュシュを外す。
気に入って買ったものだからまさか捨てることはできず、あまり開けない引き出しの一番奥にしまい込む。
たぶんもう二度とつけないし。
デザインが気に入ってるから部屋に飾っておこうかと思ったけど、見るとむかついてくるし。
わたしなんかに買われてかわいそう。
頭の中でたくさん言葉を呟いて、その言葉も一緒に詰め込むように引き出しをしめた。
翌日。
いつもどおりのシンプルな髪ゴムで髪を結び、朝練に向かう。
暖かくなってきた風に若干眠気を誘われつつあくびをもらす。
ついでにくしゃみを一つしてから前を向くと、後ろから「おはようございまーす」となんとも眠たそうな声が聞こえてきた。
振り返ると後輩の二口があくびをこぼしながらわたしに手を振っていた。
立ち止まって「おはよう」と返すと二口がほんの少しだけ早歩きをして隣に来た。
それと同時に歩き出すと「ねみースね」と二口が気だるそうに呟く。
朝が苦手らしい二口はいつも眠そうなので「いつものことじゃん」と笑ってやると「そうなんスけど」と不満そうに返された。
二口はどうでもいい話をしつつ何度もあくびをしたのち、目をこすりながら「あれ」とわたしを見て言う。
もう一度あくびをこぼしつつ「あれどうしたんスか」と聞いてきたが、一体何のことなのかさっぱりだ。
「あれって何?」
「あれっスよ……なんでしたっけ、あれ」
「おじいちゃんみたい」
「女子のもんの名前なんてふつう分かんないっスよ」
女子のもん?
余計に意味が分からない。
一応考えるふりをしたが二口のことだ、どうせどうでもいいことに決まっている。
頭の中でそんな失礼なことを思いつつ「何のことかさっぱり」と苦笑いをこぼしておいた。
すると二口が「あれですって、ほら、あの頭につける」と情報提供してきた。
頭につける女子のもん。
二口の言った情報を繋げ合わせたら、おおよそ何のことか分かってしまった。
「シュシュのこと?」
「あー!
それそれ。
昨日つけてたじゃないスか」
すっきりした様子で二口が笑う。
その表情のまま「なんで付けてないんスか?
気分ですか?」と聞いてくる。
なんとなく昨日のことを思い出してイライラしてしまう。
二口から視線を逸らして「似合わないから捨てたの」と吐き捨てるように言葉を返すと、二口は「え」と表情を硬くした。
今のは少し含みのある言い方すぎたかもしれない。
ふつうに気分じゃなかった、とか言えばよかった。
内心後悔していると二口が首を傾げながら「えー」と間抜けな声を出した。
「俺は好きでしたけど。
似合ってたじゃないスか」
その発言に思わずむせてしまう。
ごほごほと呼吸を整えていると二口が「え、俺なんかまずいこと言いました?」と余計に首を傾げた。
「……別にお世辞言わなくていいよ。
似合ってないって鎌先たちにも言われたし、気にしてないから」
「は?
似合ってないってあの人らが言ったんスか?」
「……に、似合ってない、というか、違和感がある、みたいな?」
「いや別にふつうでしょ。
ミョウジさん女の子だし」
またむせる。
二口は「え、なんスかさっきから」と困ったような顔をする。
天然なのか確信犯なのか。
恐らく本人は何も思わずに言っているのだろうと思うとちょっとだけ、うれしいような。
「捨てちゃったんスか?
せっかくかわいかったのに」
「……いや、かわいくないでしょ」
「いやいや、かわいいでしょ」
ふざけたように笑いつつ二口がそう言う。
いつもは軽口を叩く生意気な後輩のくせに、どうしてこういうときだけ素直でかわいい後輩になるのだろうか。
妙にどぎまぎしつつ「はいはい」と返してみたが、二口は「でももっと明るい色のほうが似合うと思うんスよね〜」と話を続けてしまう。
「あ、いいこと思いついた」
「なに」
「ミョウジさん誕生日まだっスよね?
俺そういうやつプレゼントするんでつけてきてくださいね」
「は」
「指切りげんまん嘘ついたら〜…………グラウンド三十周〜。
はい、約束しました」
「なんでリアルなペナルティにしたの?
あと指切りしてな、」
「じゃ!」
「あ、ちょっと!
二口!」
急に小走りで去っていく二口はなんとも逃げ足が速く追いつけそうにない。
無理やりされた約束に少し居心地が悪い。
けれど、なぜだろう。
早く誕生日が来てほしいなんて、思ってしまった。
ときめきが香る
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