※未来捏造、社会人設定
※主人公の年齢が決まっています。
大量の書類を上司や同輩たちに手渡され、「じゃ、よろしく!」と見送られた。
うちの部署のプリンターが一斉に故障し、メーカーに連絡を取ったものの修理という道しかないとのことだった。
明日にメーカーの修理担当の人が来てくれるのだけど、今日一日はどうにかしてほしいとの回答があり、仕方なく他の部署のプリンターを借りることとなる。
そこで誰が大量の書類を持って行くかのじゃんけんを行ったところ、わたしが見事に一人負けしたというわけだ。
うちの部署から近いのは営業部なので先に営業部の人に連絡をしてからこうして一人で廊下を歩いている。
営業部にはあまりいいイメージがない。
わたしが所属する総務部によく問い合わせの電話がかけてくるのが営業部である。
わたしが電話を取るとかなりの高確率で同じ人が相手なのだけど、その人が実に嫌味ったらしくて嫌な感じなのだ。
毎回「これってそちらのミスですよね〜?」と楽し気に言ってくる口ぶりは本当に思い出してもむかむかしてくるほどだ。
実際に会ったことはないけど、上司にその人のことを聞けば高校を卒業してからうちに入社してきたまだ若い子なのだという。
二年目にしては業績が良くて営業部の人たちが期待している人物らしい。
上司曰くイケメンで社内の女性陣には人気があるのだという。
顔は見たことがないけれどその情報とわたしが持っている情報を足して、勝手に心の中で「毒舌王子」と名前を付けさせてもらっている。
「失礼します、総務部です」
「あ、プリンターでしょ?
どうぞどうぞ〜」
「ありがとうございます」
頭を下げてからプリンターに近寄る。
大量の書類をそばにある机に置かせてもらい、部署のみんなにそれぞれ渡されたメモを見つつ規定枚数をプリントしていく。
気が重くなる。
たぶんここにいる間に追加があるのも予想がつく。
早く戻って仕事を進めたいなあ、そんなことを思いつつ流れ作業的にプリンターを動かすことに集中する。
「もしかしてミョウジさんじゃないですか?」
突然後ろから声をかけられた。
営業部の知り合いは女の子しかいないはずだけど、その声は男の人のものだ。
驚きながら振り返ると見覚えのない恐らくイケメンと呼ばれる類の顔をした男の人がいた。
にこにこと笑って「お疲れさまで〜す」と軽く言ってプリンターを覗き込む。
「なにしてんスか?」
「えっ、あ、うちのプリンターが壊れたので借りてるんですけど……」
「へ〜大変ですね〜」
「…………あの、すみません、お会いしたことありましたっけ……?」
「お会いしたことはないですけど」
なに言ってんスか、とその人は笑ってわたしの肩をぽんぽん叩いた。
いや、あなたがなに言ってんスか……?
固まっているとその人は不思議そうな顔をして「え、誰だかわかりません?」と自分の口元を指さした。
無言で首を横に振るとその人は一瞬固まって「マジかー」と頭をかいた。
「この声、って言っても分かりません?」、その言葉に耳がぴくりと反応した。
その声、たしかにどこかで聞いたことがある。
なんだかものすごくむかむかして、ものすごく嫌な声だ。
正直あんまり聞きたくないような、そんな声をしている気がする。
あ、もしかして。
「もしかして毒舌王子?!」
「は?
なに?
王子?」
「あっ間違えた!
二口堅治?!」
その人はぷっと吹き出して「うそ、俺王子とか呼ばれてんの」とお腹を抱える。
次第にげらげら笑いだして「あーウケる」とプリンターに手をついてひいひい言い始めた。
王子だけ切り抜くな、王子は王子でも毒舌王子だからね君。
近くで話を聞いていた営業部の人もぶふっと吹き出して「二口くん口悪いもんな〜」とわたしに同意してくれた。
二口くんはそれに「そんなことなくないですか?!」と笑って返してからわたしのことをまた見直した。
「いつもお世話になってます」
「……本当ですよ」
「えー俺めっちゃ嫌われてます?」
「そりゃあもう、もちろん」
「でもミョウジさんにしか無理頼んでないですよ〜」
「なんでわたしには無理を頼むんですか!」
毒舌王子改め二口くんは「え、なんでって」ときょとん顔をする。
まるで当たり前のように「だってミョウジさん、なんだかんだやってくれるじゃないですか」と笑った。
「ミョウジさん以外の人はばっさり無理です諦めてくださいって言うんですけど、ミョウジさんはちゃんと最後まで話を聞いて協力してくれるじゃないですか」
二口くんから頼まれることの多くは面倒くさかったり日数がギリギリすぎてこちらの都合が合わないことが多い。
理由を訊けばそれがなぜ必要なのかを事細かく説明してくれるので、わたしは「必要なら仕方ない」と引き受けていただけなのだけど。
「……頼むのはいいですけど、もっと納期に余裕を持って頼んできてください」
「は〜い」
「あといつもいつも、いちいち嫌味言わないでください!」
「善処しま〜す」
「もう電話出ませんよ!」
「それは困る!」
二口くんはけらけらと楽しそうに笑う。
わたしが最後の書類をプリンターにセットしてボタンを押すと、なぜかプリントし終わった書類をきれいに整えてから二口くんが手に取った。
最後の書類のプリントが終わると横からそれもかっさらって、「じゃ、戻りましょ〜」と書類の束を持ったまま部署を出ていった。
追いかけて「返してください」と手を伸ばしても二口くんは聞く耳を持たない。
どういうつもりだ、この毒舌王子は。
「ミョウジさんっていくつですか?」
「は?
なんでですか?」
「俺は二十歳ですよ」
「いや聞いてないですし……二十五ですけど……」
「ふーん、五個上かあ」
なんだその反応、失礼な男め。
そこはお世辞でも「若いですね〜」とか言ってくれるんじゃないのかふつう。
相変わらず書類の束を持ったままの二口くんは少し黙ったのち、ぴたりと足を止めた。
わたしも足を止めるとちょうど二口くんの横に並ぶ形になる。
そのとき彼がとても背が高いことに気が付いた。
「年下ってどうスか?」
「どうスかって、年下だなって思いますけど」
「いやそうじゃなくて。
彼氏としてどうですかって聞いてんですけど」
「は?」
「というか彼氏います?
もしかして結婚してたり?」
「いや……どっちもないですけど……」
「じゃあ連絡先交換してください」
「話のつながりが理解できないんですけど……」
さっきから訳の分からないことを言う人だ。
今時の子ってみんなこんな感じなんだろうか。
会話の押し寄せる荒波にちょっと疲れながら二口くんの顔を見上げる。
二口くんはぽかんと口を開けて「え、マジすか」と呟いた。
「この流れで分かりません?」
「分かりません」
二口くんはさらにぽかんと口を開ける。
嘘だろ、と呟いて唖然としていたのでその隙に書類を奪ってやった。
「納期だけしっかり確認してから電話してきてください」と言ってまっすぐ歩き始める。
人と会話して疲れるのは久しぶりかもしれない。
はあ、と一つ息を吐いた瞬間、ぐいっと肩を引っ張られた。
「わ、ちょっ」
バランスを崩してしまい咄嗟に手で体勢を保とうとした結果、書類が無残にも廊下に散らばった。
肩を掴んだ張本人もそれはさすがにまずいと思ったのか「あ、すみません、つい」と言ったのちすぐにしゃがんで書類を拾い始める。
「もう!」と言って思わずちょっと肩を小突いてやると、困ったように笑って「本当すみません」と言った。
「ね、ミョウジさん」
「……なんですか、二口くん」
「俺とデートしてくれません?」
「はあ?」
「一回だけ!
一回だけでいいから!」
「なんでですか」
「ミョウジさんともっと話したいって理由じゃダメですか?」
書類を拾う手を止めないままに二口くんは少しだけ頬を赤くする。
え、なんで急にそんな顔するの。
思わずわたしも少しだけ顔が熱くなってしまって、二口くんから目を逸らす。
そんなわたしの顔をわざとらしく覗き込んで「ダメですか?」と二口くんは笑った。
「分かった、分かりましたから、とりあえず拾ってください」
「拾い終わったら連絡先教えてください」
「分かった分かった」
そっぽを向いて書類を拾い続ける。
二口くんはその間、呑気に鼻歌を歌っていた。
ハートの裏までみせて
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