春季合宿最終日。 今日は午前練習を終えたのち、初日同様に合宿所をきれいに掃除してからバスで学校へ帰ることとなっている。 練習もとくに変わったものはなくいつもどおりだ。 髪を伝って落ちていく汗をシャツをまくって拭いていると、横から白いタオルが差し出された。

「タオル、どうぞ!」
「おう、さんきゅー」

 ミョウジからタオルを受け取る。 それで汗を拭いて一つ息を吐くと、ミョウジがじいっと俺の横顔を見ているのに気が付く。 よくあることなのでもう気にはしない。 気にはしないのだけど、気恥ずかしさはあるのでいつもどおりミョウジの方を見て「なに?」と笑ってしまう。 返って来る言葉ももう分かっているのだけど、いつも訊いてしまうのだ。

「木葉さんを見てただけですよ」

 へにゃり。 まさにそんなふうに笑う。 いつもどおりだ。 俺までへにゃりと笑ってしまうと、なんともいえないふにゃふにゃとした時間が流れていった。
 開いた扉から吹き込む少し暖かくなってきた風。 ミョウジの前髪が揺れたのを見ていると、既視感を覚えた。 どこかで見たような。 髪の毛を白いタオルで拭きながらそんな不思議な感覚に浸っていると、ミョウジが立ち上がる。 しゃがんだままその顔を見上げると、余計に不思議な感覚がわきあがった。
 ぼけっとしているとミョウジが俺のほうを見て「これが最初で最後なんですね」と呟く。

「へ、なにが?」
「春季合宿ですよ」
「いやいや、ミョウジは来年もあるじゃん」
「でも木葉さんはいないじゃないですか」

 さみしいなあ、とミョウジが言う。 ミョウジはいつだってストレートに言うから困ってしまう。 最初で最後。 春季合宿というものはそういうものだ。 毎年一年生と二年生が行くものだから必然的にそうなるのだ。 でも夏季合宿と合同合宿がまだあるし、そう思ったけれど声には出ない。 代わりに出ていったのは意外にも「俺もさみしいなあ」という言葉と、少しの笑い声だった。

「木葉さん、卒業しちゃうんですか」
「いや、まだ一年あるから」
「留年しませんか」
「さすがに無理かな〜」

 ミョウジはちょっとだけにこっと笑って「ですよね〜」と俺から視線を外した。 なんでそんな顔するかなあ。 別に俺、死ぬわけじゃないんだけどなあ。 思わず少し笑いつつミョウジの顔を見上げていると、やっぱり既視感。 タオルを首にかけて揺れる前髪とちょっと唇を噛んで何かを我慢している顔を見つめる。 何かのドラマで観たんだろうか。 でも最近はテレビドラマなんかろくに観られていないし。 なんだったかなあ。
 そんなことを考えているうちに休憩時間が終わる。 立ち上がると同時にミョウジが「タオル預かります」と手を伸ばした。 また「さんきゅー」と言ってタオルを渡すと、まるでフラッシュバックのように突然昔のことが頭に思い描かれた。 駅。 人混み。 タオル。 泣きそうな女の子。 一瞬だけ頭に浮かんだそれに驚きつつ立ち止まってしまう。 ミョウジが不思議そうな顔で「どうしました?」と首をかしげている。 はっとして「いや、なんでも!」と返して急いで集まっているやつらに混ざった。
 そういやそんなこともあったなあ。 あのときの女の子、どことなくミョウジに似てた気がする。 今の今までほとんど忘れていた。 どうして突然思い出したのだろうか。 ミョウジがその子に似ているからだろうか。 なんとも不思議な感覚だ。






 掃除を終え、全員が荷物をまとめ終わったところでちょうどバスが到着した。 乗り込んでいくとぐいっと後ろから鞄を引っ張られる。 白福だ。 なんだよ、と俺が言う前に今度はぐいっと鞄を押されてバスに詰め込まれる。 そうして強制的に座らされたのは一番後ろで荷物を上に詰め込んでいるミョウジの隣の席だった。

「ナマエちゃ〜ん、ここいい〜?」
「どうぞ!」
「はい、木葉」
「なんでだよ?! いいけど!」

 部活の用具を積み終わったミョウジが俺の荷物まで詰め込んでくれる。 女の子に力仕事をさせるのはなあ、と思いつつもミョウジが颯爽と荷物を奪っていくので有難くお願いした。 全員が乗り込むと運転手さんに「お願いします」と言ったのち、バスが出発した。
 行きと違って全員元気なこともあって車内は騒がしい。 特に木兎と小見が周囲のやつらを巻き込んで指スマをはじめたため余計に騒がしい。 それを苦笑いしつついつもどおりミョウジと会話をしていると、突然ミョウジが「あのですね」と俺の顔をじっと見た。

「木葉さんに言いたいことが、ありまして」
「なんでしょうか」
「……あのですね」
「はいはい?」

 笑っているけどその頬が少しだけ赤くなっているのが分かる。 真面目な話なのだろう。 ちょっと緊張しつつもいつもどおりを装って笑っておく。

「あ、ありがとうございました」
「え……なにが?」
「ぜんぶです」
「え、待って、俺まだ卒業しないからね?」
「分かってますよ!」

 ばしっと肩を叩かれる。 いやなんで俺叩かれたの? ミョウジの顔がいつもどおりに戻ったことに若干ほっとしたはいいが、よく意味が分からない。 別に俺、ミョウジに何かしたわけじゃないけどなあ。 でもまあ、ミョウジがなんだか晴れ晴れとした顔をしているし。 「どういたしまして」とその頭を軽く撫でると、ミョウジがまた「ありがとうございます」と笑った。


darling 春季合宿12(k)

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