春季合宿を終えた三日後。
春休み初のオフの日、午後一時。
駅前の待ち合わせスポットに一人でいる俺は恥ずかしながら緊張していた。
春の陽気ただよう暖かい風が多少暑く感じる程度には緊張している。
思い返してみればオフの日にまったく部活など関係なく、学校の外で会うのははじめてなのだ。
そりゃ緊張もする。
いろいろ迷って結局シンプルにまとまった自分の服が大丈夫かとか、早く着きすぎたかとか考え始めると不安は尽きない。
こうやって思うと学校という場所がいかに有難いかを思い知る。
服なんか考えなくても制服かジャージでいいし、二人で歩いていても何も緊張しないし。
どこに行くとか何をするとか決めなくてもただ喋っていればいいし。
若干緊張の汗をかきはじめたとき、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「木葉さん!」
元気にいつもどおりな声と顔にほっとしつつ視線をそちらに向ける。
もちろん制服ではない。
あまり見慣れない髪の結び方ときれいな色のワンピース。
ほっとした気持ちが一瞬で縮こまる。
ちょっとだけヒールのある靴を履いたミョウジはいつもどおり俺の隣に来ると「早いですね」と笑った。
「そういうミョウジもな」
「楽しみで!」
「……そ、そうですか」
相変わらずストレートだ。
うれしい半分、恥ずかしい半分。
どぎまぎしつつちょっと早めだけど電車がちょうどいい時間なので目的の場所へ向かうことにする。
俺もミョウジもICカードを持っているので切符売り場には寄らずにそのまま改札を通った。
やってきた電車はそれなりに空いていたので席に腰を下ろす。
ミョウジはいろいろいま何の映画がやっているのか調べてきてくれたらしく、いま公開中のものの説明をしてくれる。
「どうしますか?」と言われたので悩みつつ、「ミョウジはなに観たいの?」と聞き返してみる。
あんまり映画には詳しくないし、映画館に行くのも久しぶりな俺にとっては正直映画は二の次なのだ。
正直今日の目的はほぼ果たしたと言っても過言ではない。
あとはミョウジが楽しんでくれればそれでいいというわけだ。
「いま一番話題のやつとかどうですか?」
「うん、じゃあそれで」
ミョウジ曰くいま一番話題なのはきれいな映像とミュージカルのような華やかな演出、切なさを含んだラブストーリー映画なのだという。
ミョウジもそこまで映画に興味があるというわけではなかったそうだが、話題のものには敏感らしい。
女の子だなあ。
当たり前のことを思いつつ話すミョウジに相槌を打った。
「あれですね」
「ん?」
「木葉さん、なんか雰囲気違いますね!」
え、それミョウジが言う?
俺、正直あんま変わってないでしょ。
「そう?」と自分の恰好を見下ろすが、俺はいつも見ているので何も思わなくて当然だ。
ミョウジ的には雰囲気が違うらしく、物珍しそうに俺のことを見ている。
「それならミョウジのほうが雰囲気違うだろ」
「え、そうですか?」
「今日、なんかかわいいじゃん」
言ってから沈黙。
そして、はっとする。
え、俺何言ってんの?
その言い方だといつもはかわいくないみたいになってんじゃん?!
「いや、違う」と否定してまたはっとする。
いや、そんなこと言ったらまるでミョウジがかわいくないみたいじゃん?!
違う、いつもよりかわいいということであって、いつもがかわいくないというわけではない!
「いや、そうじゃなく、いつもよりかわいいって意味で!」
「あの、木葉さん」
「はい?!」
「声が大きいです」
目の前に座っている女子大生らしき二人がこちらを見て笑っている。
ものすごく微笑ましそうなそれに恥ずかしさでいっぱいになりつつ「すみません」とミョウジに謝っておく。
あと二駅これに耐えるのか……。
穴があったら入りたい気持ちに襲われつつちらりとミョウジを見ると、ミョウジも同じような顔をしていた。
大変申し訳ない。
こんなヘタレな男で本当に申し訳ない。
そこからは二人とも無言で顔を少し俯かせて、恐らく自分の手を見ていた。
がたん、がたん、と電車が揺れる音。
ぼそぼそと聞こえてくる人の話し声。
なんでもない日常の音と光景なのに、どうしてこんなにも特別に見えるのだろうか。
目的の駅に到着し、二人並んで電車から降りる。
ショッピングモールやらなんらが立ち並んでいる街なので思っていたより人が多い。
とくに春休み中の俺らのような学生らしき若者がとりわけ多く思えた。
階段を上がり始めるとちょうど反対方向からの電車も到着して余計に人が溢れた。
げんなりしつつミョウジに気を配りながらゆっくり階段を上がっていく。
踊り場に到着し、もう一息、とまた階段を上がり始めた瞬間。
「おぶっ」となんとも色気のない悲鳴とともに思いっきり腕を引っ張られた。
咄嗟に腕を引き上げてバランスを取ると、どうやら色気のない悲鳴の主も無事だったようだ。
「大丈夫か?」
「すみません、つい引っ張っちゃいました」
「いや、全然いいし。
というか本当転ばなくて良かった」
一人だったら確実に転んでただろ、と苦笑いを向ける。
ミョウジは一瞬間を空けてから「そうですね」となんだか穏やかに笑う。
「木葉さんがいてくれたから無事です」
「ありがとうございます」と言ってミョウジは手を離した。
なぜだかその表情が強烈に、印象的だった。
映画館に着くと、これまた結構な人混みだった。
チケット売り場はかなり並んでいて、予定より早く着いて正解だったと二人で笑ってしまった。
やっと順番が回ってきたときにはかなり席が埋まった状態だった。
一番後ろの端っこの席が空いていたのでそこにしてもらう。
そして、正直出すのがちょっと恥ずかしいのだが、例の「かくれんぼ大会の賞品」を財布から取り出す。
店員のお姉さんは「カップル割させてもらいますね」となんでもないように微笑んでレジを操作し、何事もなかったように支払額が表示された。
ミョウジはというと「結構安くなりましたね!」と嬉しそうにしている。
その姿にほっとしたようなちょっと残念なような。
財布からお金を出すミョウジに続いて俺もお金を出す。
チケットを受け取ってから飲み物とポップコーンを買うと、グッドタイミングで開場のアナウンスが流れた。
「木葉さん、飲み物とポップコーンのお金、」
「あーいいよ、これくらい先輩として奢らせろって」
「嫌です!」
「はっきり言うな?!」
けらけら笑いつつ財布をぐいぐい押し当ててくるミョウジを避けつつ劇場へ入る。
席に着いてからもしばらくミョウジは無理やりお金を握らせようとしてきたが、断固として拒否しておいた。
「いいって、ちょっとくらいかっこつけさせて」
「何もしなくてもかっこいいからいいじゃないですか」
「いや、ほんと、ふつうに照れるからやめて」
「木葉さんはかっこいいですよ!」
「ミョウジって本当に俺の話を聞かないよな?!」
ミョウジがいつもどおり謎の木葉秋紀自慢を本人の俺に披露しはじめてしまう。
俺ですら忘れているエピソードをふつうに話すのだから照れないわけがない。
「わかったわかった」となだめるが、「じゃあお金返しますね」と言われてしまう。
どうしたものか。
「あ」
「なんですか?」
「あれじゃん、俺ら今日この瞬間はカップル割使ってるからカップルじゃん?」
「そうなりますね」
「だから奢らせて」
「ちょっと意味不明ですよ」
「俺カレシ、ミョウジカノジョ、カレシが奢る、オーケー?」
「ノーセンキュー!」
「ノリが良いんだか悪いんだか分かんねえな?!」
結局けらけら笑いながらミョウジにお金を握らされる。
一円単位で一切の妥協もない割り勘となった。
情けない気持ちになりつつお金を財布に入れていると、ミョウジが「不満げな顔をしないでください」とむくれ面をした。
不満げになるのも許してほしい。
かっこつよけようと思ったら全力で阻止された男の気持ちがミョウジには分かるまい。
チケット代も奢ろうかと思っていたのに先回りして支払われた俺の気持ちがミョウジには分かるまい。
「いつか奢ってください」
予告編がはじまった画面をまっすぐ見つめる。
いつか、って。
なんで今じゃだめなの?
俺の気持ちをミョウジは分かってないけど、俺も同じだ。
ミョウジの気持ちは分からない。
けれどもまあ、ミョウジのお願いは胸に留めておくことにしよう。
いつかその日が来るときまで。
darling 未来予想図(k)
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