「醤油派ですか? ポン酢派ですか?」
「あのね、ミョウジさん、そもそも醤油以外選択肢がないんだよね」
「えーわたしポン酢も好きですよ」
「だめ。 大根おろしには醤油が常識だから」

 今日は猿杙の日らしい。 楽し気に笑って猿杙と大根おろし談義をしているミョウジは、今日も今日とて俺に話しかけることはない。 楽しそうに話している猿杙がちらりと俺を見ると首をかしげてなんだか困ったように笑った。 「何があったの?」と言いたげな表情は一瞬で消えて、またミョウジとの話に戻っていった。
 昨日ミョウジとずっと話し込んでいた小見が俺の隣に来て「なあ、あれどうしたの?」と猿杙と同じで困ったように笑う。 白福もやってきて「怒らせた〜?」と珍しく心配そうな顔をした。

「いや……なにもしてない……はず……」
「え〜絶対木葉がなんかしたんでしょ〜」
「俺もそう思う」
「お前ら本当俺に厳しいよな」

 割とやらかしがちな自覚はあるけど、今回は本当に何もない。 思い当たる節が一つもないのだ。 困惑しかできない俺を見て小見が「てかさ」と苦笑いをこぼす。

「木葉から話しかけなくていいの?」

 「今日一回もミョウジに自分から話しかけてねーじゃん」と小突かれる。 そうは言われても。 みんなご存知の通り、ヘタレビビりチキンな俺は話しかけて逃げられるのが怖いのだ。 ヘタレビビりチキンにはハードルが高すぎる。 ミョウジと話したいし、もし何かしてしまったのなら謝りたい気持ちで溢れているのだけど。 そんなことを胸の内にしまい込みながら「まあ……」と曖昧な返答をしてしまった。

「木葉さ〜」
「はい」
「殴っていい?」
「ごめんなさい」

 白福の拳を手で抑えつつ苦笑い。 ミョウジに避けられて雀田と赤葦に怒られて小見に小突かれて、そのうえ白福に殴られたらあまりにも散々すぎる。 流れる汗を腕で拭きながら、楽し気に猿杙と話すミョウジを見て、思わずため息がこぼれた。






 帰りは方向が一緒の木兎、赤葦、鷲尾と同じになることが多い。 今日もいつもどおりその四人で駅まで歩きつつ前に木兎と赤葦、後ろに俺と鷲尾で並んで話す。 鷲尾と明後日の部員勧誘について話していると、赤葦と最近できたラーメン屋の話をしていたはずの木兎が急にこちらを振り返った。

「思い出した!」
「え、なにが?」
「なんかさー、二年の女バレの子に訊かれたんだけどさ」
「なにを?」
「白福と付き合ってるって噂、本当かって」
「あ〜……ってか、それ二年にまで伝わってんだ?!」
「らしいんだよな〜! なんでだろ?」

 「別にふつうだよな?」と木兎が首をかしげる。 赤葦もその噂をバレー部以外から聞いたことがあると言うと余計に首をかしげた。 高校生なんてものは恋愛と部活、ついでに勉強によって学園生活が成り立つ。 学校を出ればひとたび別の要素も出てくるのだけど。 学校内ではどうしてもその三つに偏りがちだ。 そのせいか友人からなんとなく知っている人まで、何かしらくっつけてきゃいきゃい言いたいのだろう。 男子と女子が二人で楽しそうに話している姿を数回見かけるだけで付き合ってる、なんて思うやつもいるし。 木兎は白福と結構二人で話しているからそのせいだろう。

「でさー、なんか木葉と雀田も噂流れてんじゃん」
「あ〜」
「え、そうなんですか」
「二年の女子は割と知ってるっぽい。 女バレの二年が言ってるらしいんだよなー」
「俺たちからしたら意味不明だけどな」
「で、その話をミョウジにしたんだと」

 はあ?! と声がもれたのは俺ではなく赤葦だった。 木兎が赤葦のリアクションに驚きつつ「そのときにさ」と言葉を続ける。

「ミョウジ、お似合いだって言ってたんだってさー」

 「なんか変じゃねえ?」と木兎が首をかしげる。 あまりそういう恋バナ系の話題に興味を持たない木兎だが、今回ばかりは誰よりも最新情報を手にしていたらしい。 木兎曰く二年の女バレの子はミョウジがそういう反応をしたから本当なのかと思ったと言っていたとのことだった。 俺よりも衝撃を受けている赤葦は唖然としたまま木兎の顔を見ていた。

「あ、あとなんか赤葦とミョウジも若干噂になってるらしいぞ!」
「はあ……?」
「赤葦が自分から話しかけるのミョウジだけだから〜って言ってた」
「なんじゃそりゃ……」

 パズルかよ、との赤葦のツッコミに全面的に同意を示す。 俺たちバレー部は部内で恋人を探せということなのか。 女子三人に対する部員の数が多すぎるので、かわいそうなやつが大半を占めることになるのだが。 鷲尾がぼそりと「女子はそういう話が好きだからな」と呆れたように呟く。 それに頷いて「たしかになあ」と苦笑いをこぼすと、ものすごい形相の赤葦が俺の肩をがしっとつかんだ。

「木葉さん、分かってますよね?」
「え、なにが?」
「明日自分が何をすべきか、分かってますよね?」

 痛い、赤葦、肩が痛いです。 あまりの形相にそんなことを言えるわけもなく「あ、はい」と思わず答えてしまった。 赤葦はものすごく鋭い目つきで俺を睨んで「分かっているならいいです」と言ったのち、肩を離してくれた。
 え、俺が明日すべきことって、何? 部員勧誘のチラシならもう印刷終わったぞ? 「女子意味分かんねーなー赤葦」と未だに首をかしげたまま木兎が前を向き直した。 「意味分かんねーですね」と赤葦が呟くと、小さくため息をついたのが見えた。


darling 勘違い2(k)

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