練習試合も無事に終わり、マネージャー三人が相手校の主将に大量のチョコレート菓子入りの袋を渡して相手校は帰っていった。 残って自主練をするなり帰るなり好きにして良いとなったのでレギュラー陣を中心に残るやつと帰るやつにわかれ、梟谷も一応解散ということになった。 俺たちも残るといっても自主練をしつつ、だべったり遊んだりしつつ思い思いに時間を過ごす。 マネージャー三人も帰るかと思いきや意外なことに体育館に残って隅っこで喋ったりちょこちょこ掃除をしたりし始めていた。 三人ともなんだかんだできるマネージャーだ。 それは部の誰もが認めている事実である。
 鷲尾とパス練をしていたのを一旦中断し、休憩に入る。 それと同じタイミングでひたすら木兎の自主練に付き合わされていた赤葦もこちらに混ざってきた。 木兎も渋々赤葦についてこちらに混ざると、座り込みながら「打ち足りない〜」と元気に喚き始める。

「俺、木兎さんと違って人間なんで休憩させてください」
「俺も人間だぞ赤葦?!」

 はあ、と赤葦が息をつくとちょうどそこに白福がやってきて「スポドリいる人〜」と言う。 四人とも挙手すると雀田とミョウジがジャグタンクと紙コップを持ってきてくれた。 ミョウジがコップにスポドリを適量入れて雀田が一人一人に手渡してくれる。 なかなか気が利く。 お礼を言って受け取って一気に飲むと、喉が潤う心地よい感覚がした。
 ふと隣にいる赤葦に目をやると、無表情でスポドリを飲む赤葦、の頭を無言で両手でつかんでいるミョウジがいた。 二人とも無表情で異様な光景に「え、なにしてんの」と思わず声がもれた。

「赤葦の髪ってくせ毛じゃないですか」
「お、おう」
「だから触ってるんです」
「そういうことらしいです」
「お前ら変わってるな?」

 木兎が「俺は?」といつも通り楽し気な顔で声をかける。 ミョウジは木兎の頭をじっと見たのち、「ワックスつくんで遠慮します」と笑った。 赤葦の髪を両手で揉むように触りながらミョウジは真顔に戻る。 それを見ていた白福と雀田も便乗して赤葦の髪を触りだすが、赤葦はいたって無表情を保っていた。 女子マネージャー三人に囲まれて頭をもまれながらスポドリを飲む男、という妙な構造があまりにも自然に出来上がってしまった。 そこへ混ざってきた猿杙と小見が「あれ」と不思議そうな声をあげる。

「ミョウジは木葉のじゃなくていいのか?」

 「ほれ」と小見が俺の髪をつまむ。 やめんか、とその手を払いつつ苦笑いを漏らす。 赤葦はくせ毛で髪の量が多いため、かいた汗がそこまで髪にべっとりついていない。 けれど俺は生まれつき直毛な上に割と量が少ないので汗をかくとすぐに髪についてしまうのだ。 そんな汗でべっとりしている男の髪なんて触って何が楽しいというのか。 そんなことを思うので、前に一度触ろうとしたミョウジに「やめなさい」と冗談ぽく注意したのだ。 それ以来、ミョウジは一度たりとも俺の髪を触ろうとしたことがない。
 ミョウジは赤葦の髪をわしわし触りながら拗ねたように少し口をとがらせる。 「だって」と呟いてわしゃわしゃと赤葦の髪を激しくかきながら俺の顔を見た。

「木葉さん、髪の毛触られるの嫌いみたいなんです」
「え、そうなの?」
「ハゲが気になるの〜?」
「白福マジ容赦ないやめて」

 ハゲじゃねーわ。 そうじゃなくて。 いやいや、お前のためを思って言ってるんだけどな、俺。 残念そうな顔をされるとちょっと申し訳ない気持ちになる。 別に髪を触られることが嫌とかじゃないんだけどな、俺。 別に好きなだけ触ってくれてもいいんだけどさ、俺。 こんな汗まみれだと触ってから後悔するんじゃないかなって思うんだけど、どうなの?

「ナマエちゃん強行突破で触ればいいのに」
「それはだめです。 木葉さんが嫌がることは絶対にしません」

 キリッと意志の強い顔を作ってミョウジが言う。 それを聞いて赤葦が「俺の気持ちは汲んでくれないのか」と呟いたがミョウジ曰く「赤葦は嫌がらなかったから」と笑う。 赤葦も別に嫌というわけではないらしく「お好きにどうぞ」と言ったのち三杯目のスポドリを飲み始めた。
 たしかに、ミョウジは俺が「やめなさい」と言ったことに関しては二度と同じことはしていない気がする。 たとえばスカートのまま結構高い位置から飛び降りて現れたり、やたらくすぐろうとしてきたり。 そういうことは一度限りだった。 スカートで高い位置から飛び降りるとふつうにパンツが見えるからやめなさい、だし。 くすぐる位置によってはちょっと男子高生的には思うところがあるからやめなさい、だし。 そういう理由だったのだが。 ミョウジはどういうわけか俺がそれを嫌がっているから、と変換して認識しているらしい。 いや、違うんだけどなあ。 なかなか伝わらない気持ちに苦笑いがこぼれた。

「そういえばナマエちゃん、木葉にお返し何がほしいか言っときな」
「何のですか?」
「ホワイトデーに決まってんじゃん〜!」
「え、別にいらないです!」

 ゴン、とでかい石が頭にぶつかったような感覚がした。 いらないだと?! ふつうに何をお返しにしようか割と昨日から考え出していた俺にとっては衝撃的な言葉だ。 自惚れすぎだと思うのだけど、バレンタイン、個人的にくれると思ってたし。 結果は竜田揚げという斜め上のものだったけど、バレンタインに間違いはないはずだ。 チョコレートが竜田揚げになっただけ。 そう考えればホワイトデーにお返しをするのが当然だと思ってたし……めちゃくちゃ自惚れていると笑ってもらいたいが、俺があげたものを喜んで受け取ってくれる、とか、思ってたし。
 ちょっとへこんでいると白福が「え〜もらっとけばいいのに〜」とミョウジに言う。 そうだ、白福、いつもならその考えが憎いが今はお前を応援するぞ俺は! 雀田や木兎たちもそれに混ざって「なんでもいいからもらっとけ」とミョウジを説得し始める。 それに便乗して俺も「せっかくもらったし何か返すよ」と言うと、ミョウジはう〜んと考えるように首をかしげる。 相変わらず手は赤葦の髪をくしゃくしゃと触り続けているが。

「じゃあ〜……」
「なんでもいいぞ〜」
「木葉さん、竜田揚げおいしかったですか?」
「えっ、うん? おいしかったけど?」
「もらって嬉しかったですか!」
「嬉しかったけど……え、なに?」
「それだけでいいです!」
「何が?!」

 ミョウジが一人で満足気な顔をする。 取り残された俺は頭の上に大量のはてなを飛ばしたが、俺以外の全員は「あ〜」となんだか困ったように笑った。

「木葉、愛されてんな〜」

 その言葉の意味が分からず、余計にはてなが宙を舞った。


darling バレンタインデー2(k)

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