合宿所に到着したバスから降りるなり、ほぼ全員が大きく伸びをする。 山道を走ったこともあり寝ていたやつらはほとんどが口をそろえて「体が痛い」と言った。 俺はというと冷たい視線を向けてくる雀田の視線以外は特に大丈夫だ。 やめてくれ、そんな目で俺を見るな。 そろ〜っと雀田から離れつつ荷物を運ぶのを手伝う。
 合宿はいつもそうなのだが、まずは宿舎の掃除からスタートする。 使われた後に業者が掃除しているのできれいなのだが、使わせていただくという感謝の気持ちとご挨拶を込めてのことだと聞いた。 木兎が、というかほとんど赤葦が事前に振り分けておいた掃除の配置を指示する。 俺は猿杙や後輩たちといっしょに台所と全員で食事をとる大広間に配置された。 その他は木兎と赤葦たちがトイレ、鷲尾と小見たちが風呂、多くの後輩は俺たちが使う部屋、そしてマネージャー陣は自分たちが使う部屋や女子トイレなどの振り分けになっていた。
 木兎の「んじゃ、やりますか!」の声とともに全員が指示された場所にちらばっていく。 俺も猿杙と後輩たちに声をかけてとりあえず大広間に向かう。 歩いている途中で台所係と大広間係にさらに分けておく。 到着すると同時に二手にわかれて掃除を開始した。




 業者が事前に掃除済みということもあり、掃除時間が終了間近になるころにはもう台所はぴかぴかだった。 四十分後に各自部屋に荷物を置きに行ってから体育館に向かうことになっているので、そろそろ切り上げようと全員に声をかける。 猿杙の方もちょうどいいころだったらしく掃除道具をきっちりしまい終わったところだった。
 各自荷物を持って部屋に向かうと、ちょうど他のやつらも来たところだった。 赤葦によるとマネージャー陣はすでに掃除を終わらせ、荷物も運び終えて先に体育館で準備を始めているとのことだった。 相変わらず仕事の早い優秀なマネージャーたちだ、と感心しつつ俺たちも急いで荷物を部屋において体育館に向かう。 バスに乗っていたときから思っていたが、今年の三月はなかなかまだ寒い。 二月に降ったであろう雪が山奥ということもありまだまだ残ったままだ。 もしかしたら合宿中に降雪する恐れがあると天気予報で見たし、今年は寒さが厳しいことを覚悟して来ているのだが。 実際に寒さを感じてしまうとちょっとうんざりしてしまう。 練習が始まれば寒さも和らぐのだけど。
 白い息を全員が吐きながら体育館へ入るとマネージャー陣がちょうどポールを立てようとしているところだった。 一年生たちがダッシュでそれに駆け寄って交代し、俺たちはネットやボールを出すことにする。 マネージャー陣はこの寒い中、宿舎を往復しつつスポドリなどの準備を始めるらしい。 寒いのが苦手らしいミョウジなんかは震えながら「寒いですね」と雀田たちと談笑している。 体育館の中は申し訳程度の空調設備があるので若干だけ生ぬるい温度にはなっているのだが。

「え、ナマエちゃん下に一枚しか着てないの?!」
「こんなに寒いとは思わず……」
「ごめん、私らが教えてあげるべきだったね……」
「いえ! 大丈夫です。 これも修行だと思って耐えます!」

 ボールのカゴを推しながらそんな会話が聞こえた。 ずずっとすでに鼻水をすすりながら笑うミョウジのことが気になってしまい、カゴを定位置に置いてからそっちへ向かう。 ジャージの上を脱ぎながら「ミョウジ」と声をかけると雀田と白福がニヤリと笑ったのが見えてしまった。 見んな。 若干照れくさい気持ちになりつつ、「なんですか?」と小刻みに震えているミョウジに脱いだジャージを渡そうと腕を伸ばす。

「着とけ」
「えっ、いや、でも木葉さん寒いじゃないですか」
「いいって、どうせすぐ練習はじまるし」
「いいですいいです、今から宿舎戻るんでついでに装備してきますから!」
「いや、マジ、どうせ練習中着ないし、着とけ」

 ぽいっと投げてミョウジに無理やり渡す。 ミョウジは「え、え、でも、」と戸惑っていたが、俺が背中を向けると大人しく着てくれたようだった。 デザインこそ若干違うが、同じようなジャージが上から二枚重ねになっているというのに、すっぽりと俺のジャージに収まったらしいミョウジとの体の大きさの違いに少し驚く。 けれど、それ以上になんだか達成感を感じて寒さなど感じなかった。 まあ多少は我慢しているのだが。 ここはかっこつけさせてほしい。

「いいな〜木兎私にもジャージ貸して〜」
「ん? これ? 別に寒くねえしいいぞ!」
「じゃあ私猿杙」
「いいよ〜」
「女の子にはちょっと寒いもんな〜風邪引くなよ〜」
「空調もうちょっと強くします?」
「ううん、いい〜。 みんな練習し出したら暑くなるでしょ」

 …………俺のかっこいいところあっさり取るのはやめてほしい。 虚しい気持ちになりつつ一つ息を吐いたところに雀田がニヤニヤ笑ったまま近寄ってきて、脇腹を思いっきり肘でついてきた。 「いってーな!」と脇腹を押さえながら言うと、相変わらずのニヤニヤ顔のまま雀田は「やるじゃん」と呟いてから、ミョウジと白福の後を追って走っていった。


darling 春季合宿2(k)

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