陛下と饅頭と私/ガイアス



 控えめに聞こえた音にガイアスは書面に向けていた視線を扉に移した。『▼ですー開けますよー』と返事を待たずに開いた扉から、トレーを持った▼が出てくる。

「返事が返ってくるまで待てないのか」
「トレーを片手で持つのって結構辛いんですよ?」

 『執務室の前が紅茶の海になってもいいなら待ちます』と胸を張って続けた▼がトレーを机に置き、せっせと書類をどかしてカップを広げ始める。勝手に椅子を引っ張って来て座り、何かを待つようにガイアスを見上げた。

「ご苦労」
「はい。今日は街で人気のガイアス饅頭がおやつです」

 本人に持ってくるのは如何なものだろうかとガイアスは考えたが、小腹がすいていたので手を伸ばす。咀嚼している間にも▼はせわしなく表情を変えながら今まであったことを話していた。
ふいに手を止めたガイアスが、食べかけの饅頭を皿に置いて▼に尋ねた。

「ここの暮らしは慣れたか」
「ああガイアスさんの顔が半分に……じゃなくて、ここの暮らしは結構慣れました。ローエンさんもいますから、色々と聞きやすいですし」
「お前は容赦がないからな、ローエンが時折困惑している」
「大丈夫です。ローエンさんが私を困惑させる回数の方が遥かに多いですから」

 何が大丈夫なのだろうか。饅頭を貪る手を止めて、大きな執務室の窓から見えるア・ジュールを眺めながら▼は目を細めた。
ガイアスと同じようで違う黒髪は、高い位置にある陽に当たり柔らかく輝く。既に見慣れたその光景にガイアスは特に反応することもなく次の饅頭に手を伸ばした。

「旅をしてた時はみんなについて行くのに必死で、読み書きとかそんな真剣にできなくて、ゆっくり国のことを知ることもなくって、だから今こうして色々見たり聞いたりできるのは本当にうれし……ってガイアスさん私の分のガイアス饅頭まで食べてません?」
「そうか、よかったな」
「微笑ましそうに誤魔化しても無駄ですから、なんで箱の中ごっそりなくなってるんですか」

 菓子箱の中身を目ざとく認めた▼が不満そうにガイアスの手甲を掴む。頬を膨らませてじっとガイアスを睨んだあと、ふっと微笑んだ。

「まさか、ガイアスさんとこんなのんびりする日が来るとは私思ってなかったです」
「そうだな…、俺もまさかアップルグミを顔面に投げつけてきた相手とこうして過ごすとは思ってもなかった」
「微妙に根に持ってませんかガイアスさん…」

 ジト目で見つめてくる▼の頭をくしゃりと撫でて、ガイアスは次の饅頭に手を伸ばした。
最後の一個を食べられたと▼がローエンに泣きつくのはこの数分後の出来事。

ALICE+