いもうと/メルクリア


「メルクリアに初めて会った日のことはよく覚えているよ」

 クッキーを摘みながらの言葉にメルクリアは身を乗り出す。
 ビフレストの者達がリビングドールとして蘇って数カ月。祖国の文化や伝統、兄や両親のこと、民の暮らし。聞きたい事がメルクリアにはたくさんあったが、兄であるウォーデン……ナーザや彼の部下はなにやら忙しそうにしており、こうして茶に誘うことが憚られた。
 そこで、芙蓉離宮をふらふらと歩いていた▼に白羽の矢が刺さったのだ。そうでなくとも、メルクリアは▼を話をすることが好きだ。
 兄の許嫁、いつか自分の姉になるはずだった人物。明け透けな性格であることも、同じ女性であることも気楽だったし。自分が相手に親しみを抱いているのと同じように、相手も自分を親しく思っていると理解できることも大きい。
 「姉上様」と呼べば照れくさそうにしながらも優しく応えてくれる姿を、家族として認識するのは自身の予想よりも早かった。

「ウォーデンがわたしの手を取って、メルクリアの手に触れさせたの」
「それで?」

 懐かしむように目を細め、▼は当時の感覚を思い出すように手を握ったり開いたりする。

「メルクリアだ、ってすごい優しい声で言って、わたしの指先を握ったメルクリアの手が温かくて……。ウォーデンったらすごく嬉しそうでね! この人きっと、いま幸せそうな顔してるんだろうなぁ〜って思ったもん、わたし」

 ▼がメルクリアの頬をつつきにつついて加減しろと叱られたこと。泣いたメルクリアにウォーデンが困惑していたこと。結局二人して乳母に追い出されて、その日はバルドと一緒に城下に出たこと。
 生前の思い出を語るまなざしは遠くを見ており、きっとその先には自分が望んでやまない祖国があるのだろうなとメルクリアは思う。
 バルドも、ナーザも時折同じような目をすることを知っている。だからこそ、メルクリアも同じものを見てみたいのだ。

「わらわはもう、姉上様と初めて会った時のような赤子ではありませぬ。兄上様や姉上様に再びビフレストの地をお見せする事もできましょう」
 
 言い終わり▼の顔を見て、メルクリアははたと動きを止める。何故、そんなに物憂げな瞳をするのだろうか。
 数秒の沈黙を誤魔化すように茶に口をつけた▼がメルクリアの目をまっすぐに見た時には、もうその色はなかった。妙に胸に引っかかったそれをメルクリアが尋ねようと口を開くより先に、▼が明るい声を出した。

「わ、わたしはセールンドのこともよく見てみたいなあ! メルクリアの育った場所だしね!」

***ウォーデンの許嫁
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