気配/ナーザ


 ぱち、と▼は目を開く。
 生前は目を開いても何かが見えることはなかったが、今は違う。いまの肉体は視覚が正常で、▼には少し驚いたようなナーザの顔が見えた。
 目が見えるというのは、なんともおかしな感覚だ。

「ウォーデン?」
「起こしたか、すまない」

 引っ込められた手に▼は納得する。
 生前、立場や身体上の問題で気配や匂いには敏感だったが、寝ている時にウォーデンが近くに来たり自身に触れたりしても起きることは無かった。
 しかし今、ナーザが近くに来て触れようとして▼は起きたのだ。きっとナーザの……セールンドの鏡士の肉体をウォーデンと認識していなかったから、他人が来た時のように自然と目が覚めたのだろう。
 ナーザも昔の認識のまま触れようとして、▼が起きたから驚いた顔をしていたのだ。
 互いの前では生きていた頃と違う、ということを忘れがちであると▼は思っている。

「起きちゃったの、少し残念」
「生前のお前が不用心過ぎたんだ、これくらいで調度いいだろう」
「わたしの髪を撫でるウォーデンの指先で起きるのが好きだったのよ。先に起きたら撫でてくれないから、起きないようにしていたのに」
「だからお前は不用心だと言うんだ」
「……ウォーデンって、生きてる時もそういう顔して照れてたの?」

 数秒前とは違う感情でぐっと眉間に寄せられた皺に、▼は笑った。
 
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