覚めて欲しくない夢/ナーザ


「飲みすぎだ」

 呆れ混じりのナーザの言葉に▼はむうと頬をふくらませた。
 外見は幼くみえるが、生前の▼は飲酒ができる年齢をこえている。その己の肉体を得たいま、酒を飲むことは問題がない。
 救世軍の支援物資の中にはいっていた果実種をいたく気に入り、「そのくらいにしておけ」と言いに来たリヒターが近付くとボトルを抱えて全身で拒否していたのを通りがかりに見た。
 しばらく経ち、まさかまだ飲んではいないだろうなと様子を見に来たナーザの前、誰もいないカウンターにでろりと溶けるようにつっぷした▼の姿にため息をついて、もう一度「飲みすぎだ」と呟いた。

「お前は強いわけではないのだから、節度を持って飲め」
「だって美味しかったんだもん。ねえウォーデン、お片付けして、お部屋連れて行って」
「人使いの荒いことだ」

 祖国にいた時には考えられない言動だ。……否、部屋に連れて行ってほしいというのは、度々あったが。それは▼の目が見えず、帰路に自信が無いから連れて行ってほしいという至って正当な申し入れだった。少なくとも、酔って足元が覚束無いから連れて行ってほしいというものではなかった。
 ナーザの顰め面を見て笑った▼が立ち上がる。元々自分で片付ける気はあったのだろう、取り落とさないようにゆっくりとした動きで杯やボトルを片付けてナーザのもとに戻ってくる。

「ウォーデン」

 名を呼んで両腕を広げた、幼子が親に抱き上げられるのを待つような仕草は生前に見慣れたもの。腕を掴むのではなく、ウォーデンに抱き上げられるのを当たり前のように待っている。昔からウォーデンがそのようにして▼を運んでいたからと分かってはいても、そのように無防備でいられると多少なりとも心配にもなる。勿論、▼とてそういう態度をする相手は選んでいるだろうが。

「お前は……」
「あっいやっ、お説教の気配がする。眠いのウォーデン、眠いの〜」
「……」

 先程よりも深いため息を吐いて、ナーザは▼を横抱きにした。この様子、酔っ払いに何を言っても無駄だろう。
 えへへと嬉しそうに笑ってからナーザの首に腕を回した▼は生前となんら変わりがない。変わってしまったのは己の肉体くらいかとぼんやり思いながら、ナーザはしっかりと彼女の体を支えて歩き出す。

「夢みたい」

 うわ言のように、仄かに酒気を帯びた吐息で▼が零す。

「ウォーデンがいて、メルクリアがいて、バルドがいて。わたしの目が見えて、お城じゃない自由な場所にいるの。夢みたいね」

 覚めなければいいのになとその唇が音もなくなぞったのを見なかったことにして、ナーザは窓の外に目を向ける。仮想空間の月は静かに夜を照らしていた。
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