ままならぬ


 ミュゼ・イーグレットといえば、今年度の生徒の中で一番の頭脳を持ち、豊かな教養の滲む立ち振る舞いをした清楚な雰囲気を纏う女子生徒だ。
 トールズ士官学院本校の生徒はそういった印象を抱いているだろう。
 だが、彼女と日々を共にしている分校生徒――特にZ組の生徒達にとって、ミュゼ・イーグレットは己の知識と良心と立場の許す範囲で人をからかって遊ぶ人間であることは周知であり、人の心理を読み取ることも得意であるため、こと頭脳戦においては一枚も二枚も上手である、そんな存在だった。
 だからいま、皆して異様な緊張感を持って食堂の一角を意識している。

「▼さん、昨日どなたかとお会いしていましたか?」
「昨日? ああ、先輩と会ったな、この辺りには疎いらしくて案内を頼まれたから……まあオレだってそんな詳しいわけじゃないけど。それがどうかしたか?」

 ミュゼ・イーグレットは従者である▼に好意を抱いている。
 ミュゼ自身が隠そうともしていないため、分校生徒達の間では周知の事実である。そして、この▼という人間が関わると、ミュゼはどうやら自分達の知るミュゼとは違う面ばかりを見せるということも知られていた。
 今もそう、普段なら二言も三言も返しているだろう時間をぐっと言葉に詰まったまま、カップの取っ手をなぞっている。その様子に首を傾げた▼だったが、ああと思いついたように口を開く。

「もしかして土産でも欲しかったか?」
「それは、▼さんから頂けるのなら欲しかったですけども」

 これが担任教官相手であれば、相手が切り出す前に「可愛い教え子達にお土産などはありませんか?」と言い、相手の眉が八の字になるのをみてにこにこと微笑んでいるだろう。この場合お土産の有無は重要ではなく、単に教官の困った顔が見たいだけだ。
 もごもごと言うその様子にからから笑った▼は、「子供の頃と変わらないな」と隣に座っているミュゼの頭を優しく撫でた。彼女の顔は子供という単語に一瞬不満そうにしたのだが、▼が気付かないだろうことを周囲は知っているし、ミュゼも知っている。

「今度一緒に出かけた時に何か買ってやるから」
「……絶対ですよ?」
「まあオレが忘れてたらお前が言うし」

 余計な一言をとユウナが小さく零したので、向かいに座っていたクルトは無言で首を横に振った。今日も何の進展もみられなかった会話を聞き流しながら、律儀に付き合っていたアッシュは炭酸飲料を煽っている。珍しく同じテーブルについていたシドニーの「マジで進展しねえのな」という声が、妙に静かな食堂のなかで思ったよりも大きく聞こえたので、大きく肩を揺らしたアルティナが慌ててその口を塞ぐ。
 椅子を支えるために現れたクラウ=ソラスの姿を視界の端に認めた▼が何してるんだあいつらと視線を投げる横で、ミュゼだけが同級生達の視線に小さく頬を膨らませていた。
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