赤いハート


 買い出しから帰ったユウナが食堂に入ると、何人かが利用するなかで見慣れたミントグリーンの髪が目に入る。彼女もちょうど夕食をとろうとしているのだろう、当たり前のようにユウナの足はそちらに向き、ミュゼもその存在に気が付いたのかにこりと笑って手を振った。

「ユウナさんもこれから夕食ですか?」
「そう! 今日の当番は誰だっけ」
「予定の通りに交代が進んでいるのならば、サンディさんでは?」

 ほ、と息を吐いたのは出てきた名前がフレディではなかったからだろう。続けて首を傾げる、これから夕食であるならば当番の人間の顔をみているだろうにあまりに他人事のような言い方だったからだ。それに、声をかけていなくとも同じ空間にいるのだから、厨房に立つ人間が誰かというのはちらりとでも見そうなものだ。ミュゼの注意力が散漫になっているわけではないだろう、しかし異様に機嫌が良く見える。
 ミュゼがそのような様子だったので、さてこれは何かあるなとユウナは考える……よりも本人に聞いたほうが早いので、ミュゼの向かいの席に座りながら訪ねた。

「で、あんたはなんでそんな機嫌がいいの?」
「ふふ、それはですね。私の夕飯を▼さんが作ってくれているからです」
「あ〜…」

 納得してから今日この席に座ったのは失敗だったかとユウナは一瞬後悔するが、自身の従者が絡んだ時のミュゼは彼女も『普通の女の子』であると強く感じさせるので、まぁいいかと椅子に座り続ける。そもそも、この話を振ってしまった以上逃げられないだろう。
 しかたないなぁと口で言いながらミュゼの話を聞いていたユウナが厨房側を見れば、確かに▼が立っている。なにやら難しい顔をしていたような気もしたが、ミュゼが絡むと結構な頻度でそういった顔をしているので「いつものことか」と納得して、意識をミュゼに戻した。

「ふ〜ん、じゃあなに作るかはおまかせなんだ」
「はい。ですから、ここでこうして楽しみにまっているわけです」
「楽しみにしてるのは見てればわかるわ……」

 そんな談笑をしていれば、渦中の人である▼がトレーを持って近付いてきて、その目がユウナをとらえると足が止まる。ミュゼとユウナがふたりして首を傾げると、大きく溜息をついてから席まで近付いてきた▼はミュゼの前にトレーを置いた。

「全部リィンが悪い」

 え? と声をあげるより先に▼が早足に食堂を出て行ったので取り残されたふたりはぽかんとしていたが、ひとつふたつ瞬きをすればその後は自然と▼が置いていったトレーに視線がむいた。

「……ハートだ」

 お手本のように綺麗に形をつくっている黄色い卵にケチャップで描かれているのは、誰がどう見てもハートだった。一緒にいる機会の少ないユウナからみても普段こういうことをするような人ではないので、先程名前の出た――自分達の担当教官でもあるリィンになにか言われたのだろう。
 ちら、とミュゼの顔を見やれば赤いハートに負けないくらい顔を赤くしており、彼女の恋情を知っているユウナはまぁそれはそうなるだろうなと呑気な感想を抱きながら、先程早足に出ていった人間の顔を思い浮かべる。

(▼さんも顔赤かったな……)

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