早朝のコッコ捕獲大作戦/ニール



 自分の名前を呼ばれた気がしてニールは嫌々重い瞼を開く。鳥の囀りすらまばらで、夜明けの淡い光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
名前が呼ばれたのは気のせいではなく、窓の外から聞きなれた声がまだ聞こえてくるので、朝早くから近所迷惑だろうとニールは勢いよく窓を開けた。

「▼! こんな朝っぱらから、今日はいったい何なんだ!」
「ニールたいへん! コッコが逃げちゃった!」

 2階を見上げている幼馴染に、『またか!』と内心叫びながら急いで着替えて、いつもの赤いコートを羽織る。
使い古した籠と網を持って外に出ると、▼が駆け寄って身振り手振りを交えて逃げたときの状況を説明する。どうやら、ニワトリ小屋の扉がまた開いていたようだ。年がら年中立て付けの悪いニワトリ小屋の扉を思い出して、ニールは溜息をつく。

「で、今日はどっちに逃げたんだ?」
「森のほうと、あともしかしたら、牧場にも逃げちゃったかも。牧場のコッコと混ざっちゃったらどうしよう!」
「いつかこうなると思って、お前のとこのニワトリには足輪をつけてある」

 近くに牧場ができて、その牧場でニワトリを飼い始めた時から。ひしひしと嫌な予感がしていたニールは、早々に対策をとっていた。まさか、飼い主が気付いていなかったとは思わなかったが。凄いわニール!と自分を褒める幼馴染を横目に、ニールは牧場の門をくぐっていく白い生物を見つけた。

「おい、さっそく牧場に逃げたぞ」
「えっ!? あっ、ああ、あれはきっとテリヤキだわ! 早く捕まえないと!」
「……相変わらず酷い名前だな」

 食用ではない鶏にも料理の名前をつける幼馴染のネーミングセンスに呆れながらも、ニールは▼に籠を持たせると、開いた手で彼女の手を引いた。
小さい頃から変わらないように思えるその手は、いつだってニールの掌に納まる。こんな小さくてすべすべしていただろうか、農具を使ったりしていてゴツゴツした自分の手とは大違いだと、ニールは指先の感覚を思う。
追うペースが遅くなったのかいつの間にか横に並んだ▼が不思議そうに顔を覗き込んできたので、ニールは慌てて速度を速める。急に急ぎだしたニールに、慌てながら▼も足を動かした。身長が違えば足の長さも違う、遠慮なく距離を開けるその足を恨めしげに見つめて。▼は目の前の黄色い頭を眺めた。

「ニールといるとドキドキするわ」
「はっ!?」
「……転びそうで」
「あっ、あー…そうかよ、悪かったな。」

 ニールは一瞬顔色を赤くしたが、続けられた▼の言葉に溜息をついてスピードを緩めた。
本当は『転びそう』などではなく、手を繋いだり膝枕をすると不思議と胸がドキドキ高鳴るのだが。何故かそれを言うのは戸惑われて、▼は精一杯誤魔化したのだった。お互いにうっすらと色づいた頬を見ることなく、牧場まで手を繋いで駆けた。

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