残骸の夢/ヒストリア勇者



「リンクお兄ちゃん、赤い服じゃなくてマントをつけるようになったの?」

 魔物によって荒れ果てた森。破壊され、瓦礫の転がる神殿の片隅で、辺りの魔の気配をものともせずにすやすやと寝息を立てていた少女の第一声にハイリアの騎士……リンクはぽかんと口を開ける。
少女に会ったのは初めてで、当然名前を教えた覚えもないのだから。この冷静で、感情を表に出す事の少ない騎士の端整な顔が、驚愕を前面に出していても無理は無いだろう。当然それがとても珍しい事とも知らず、むしろ、自分が思い浮かべているリンクとは別のリンクだと気付いていない少女は、首をかしげて彼を見上げ、いつものように『リンク』が抱き上げてくれるのを待って両手を腕にあげている。
自分が求められている事は理解したリンクはその脇に手を入れて、少女を軽々と抱き上げた。

「すまないが、私はお前の言っている『リンクお兄ちゃん』ではない。私がお前と会うのは、これがはじめてなのだから」
「でも『リンク』なの?」
「そうだな」

 リンク……さん、と間を空けて敬称をつけ始めた少女はまじまじとリンクを眺めて、自分の記憶の中の『リンク』との違いを確かめ始める。
たしかにいつも自分を抱き上げる腕よりも逞しく、身に着けている緑の服の装飾も、それについている肩当も赤いマントも、記憶とは違うもので。なにより、自分に穏やかに話しかける口調がいつもより固く、声にあの甘ったるいような親しみが無いのだ。

「お前の名前は?」
「▼。リンクさん、ここはどこ?」
「ここはハイリア。この場所は魔が蔓延り、お前のような子供がひとりで来る場所ではない」

 村まで送るから家に帰れ、というリンクに▼は首を横にふった。
カカリコ村の近くにこんな場所は無い。▼の『リンク』に連れられて一度だけ行った森の神殿とも違う、鬱蒼とした場所。目の前のリンクが言う近くの村は、自分の住んでいるカカリコ村ではないだろうと、幼い頭で考えた。辺りを見渡してからリンクの腕を飛び出し、彼に向き直る。

「わたし、リンクさんのお話聞きたい!」
「私の?」

 突然の▼の言葉にリンクは顎に手を当てる。子供が喜びそうな話など、できるか怪しいのだ。そもそも最近は血腥いことばかりで、とても子供には聞かせる事などできない。
そもそもこの子供は村に帰らないのかと顔を上げたが、そこには神殿の残骸に腰掛けてすでに聞く姿勢の▼がいるだけだ。諦めたようにリンクは溜息をついて、夢か幻のような少女の横に座る。『聞いていて、楽しいかはわからんぞ』と逃げるように呟いて。つらつらと今までのこと、自分のこと、勇ましい赤い鳥のこと、美しいハイリアのこと。自分が思った以上に、少女への言葉をすらすらと唇が紡ぐ。
 それなりに時間が経ったが、▼は大人しくリンクの言葉に耳を傾けて、相槌を打っている。ふと、▼が顔を輝かせて神殿の出入り口を見た。つられて視線を送った先に、ひらひらと青いものが舞う。

「あっ、ホーリーアゲハ!」

 どこからか入った突風が赤いマントを揺らして、少女も消えた。

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