猫には惜しい/天ヶ瀬冬馬



 11月になり急に寒さがやってきた。
自販機で買った熱い缶で手を温めながら、冬馬は暖房の効いた北斗の車までを急ぐ。ふと、ビルとビルの隙間の暗がりにしゃがみ込む影を見つけ足を止める。よく見る顔だったような気がしたからだ。近づいてみればやはりよく知った顔で、その人物は冬馬が見ていることにも気付かずに必死に何かを探しているのだ。

「おい▼、なにしてんだ」
「あっ、冬馬。猫をね、探してたんだよ」
「猫?」

 キョロキョロする▼につられるように冬馬も辺りを見渡すが、猫の姿はどこにもない。ごうごうと室外機が音を立てて、生暖かい風が前髪を揺らすだけだ。
諦めたように立ち上がった▼と目が会うと、にっこりと笑った。961プロでも屈指の人気を誇るアイドルだけあって…――いや、それ以外の理由ももちろんあるのだが、非常に愛らしい表情だったので、冬馬は思わず視線を逸らして手元の缶を強く握った。硬質な音で缶の存在に気がついた▼が『あっ』と声をあげて冬馬の手から缶を奪い、そのまま頬擦りする。

「あったかい!おしるこ!」
「俺の手がさみぃ」
「わー」
「冷たっ!」

 缶を持った手とは逆の手で冬馬の首に触れた▼は、冷たさに身を竦ませた冬馬を見ると満足気に笑っておしるこを返そうとする。その手首を掴んで指を頬に当てれば、おしるこだけでは温まりきらない冷えた指がひんやりとした感覚を冬馬の頬にもたらした。▼は、じっと手を頬に当て続ける冬馬を見て首を傾げるだけだ。

「お前、どのくらい猫探してたんだよ」
「え、わかんない。でも帰り際に事務所でほっくんに会ったよ」
「結構前じゃねぇか。そりゃあ、こんな冷たくもなるな」
「ここら辺に住んでる猫だったのかな、よく見かけたから。今日もいるかなって探してただけなんだけどね」

 『いなかったなぁ』と残念そうに呟いて、それからすぐに『冬馬そろそろおしるこ返すね』と言うと、ハッとした冬馬が慌てて▼の手首を離す。

「そろそろ家に帰んなきゃ」
「近くに北斗が車止めてるぜ。言えば乗せてくれるだろ」
「じゃあ乗せてもらおうかなー。あ、冬馬、自販機どこにあったの? 私もおしるこ飲みたいな」

 意識的なのか無意識なのか、冬馬の手を掴んだ▼が大通りに歩き出す。
先ほどまで頬にあった冷えた指を手に感じながら、冬馬は▼を案内するためにぐっと大きく踏み出して、彼女の前を歩く。手を掴まれたままというのは居心地が悪かったので、素早く指を絡ませて、▼の体温から意識を逸らした。

「はぁ、冬馬の手あったかい!」
「俺の体温がどんどんお前に吸収されていくな、返せ」
「無理!」

 へらりと笑って▼は近づく大通りに目を凝らす。その横で、室外機のうえに大人しく座る猫の姿を見た冬馬は一瞬そちらに視線をやったが、すぐに▼と同じく大通りを見た。

「猫、いなくて残念だったな」

 ここで猫の存在を知らせれば、手の中の体温を猫に横取りされるのは目に見えていたのだ。

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