螺鈿の恋/春日望美


 庭を見ると、▼が洗濯物を干していた。
いまここで彼女の名前を呼べば、いつもと同じ優しい声で「なぁに、望美」と答えて振り返るのだろう。彼女が自分の名前を呼ぶのが望美が好きだった。幼馴染としてずっと一緒にいて、外見や共にいる時間が減っても、それだけは昔と何も変わらない。
 望美達の時空跳躍に巻き込まれる形でこの時代にやってきた彼女は本当に普通の女の子で、望美のように怨霊を封印する事もできないし、譲のように弓が得意なわけでもなかった。
それでも望美達についてきているのは、▼を知らない場所に一人でいさせたくないという望美の希望だった。同じ時代の話ができる▼が近くにいる事は望美を安心させたし、▼も戦場は怖いと言いながらも望美の傍を離れようとしなかった。
 ぼんやりと▼が洗濯物を干す光景を眺める。
何度時空を遡っても、何度運命を捻じ曲げても、彼女の命だけはいつも零れ落ちてしまう。戦場に連れて行かなければ助かるのではと梶原邸や熊野に置いてきた事もあったが、神子を利用しようとする頼朝によって結局は危険な目にあうのだ。どうせ危険な目にあうならば自分の傍にいて欲しいと、望美も無理に彼女を離すことはしなくなった。

「ほわっ!?」

 小さな悲鳴にハッと顔を上げると、転んだ▼が地面に手をついて座り込んでいた。足元には洗濯物を入れていた籠が無残にも転がっている。望美は縁側から靴をひっかけて庭に降りて、▼に駆け寄った。

「▼、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。洗濯物は大丈夫じゃないけど……」

 飛散した洗濯物を籠に戻すのを手伝いながら望美は▼の顔を盗み見る。いつもの時空と同じ優しい表情。この庭に来る前に望美がいた時空では、彼女は望美を庇って死んだ。それを変えるために、彼女と生きるために、彼女が穏やかに暮らしている春に戻ってきたのだ。久しぶりに見た穏やかな表情の▼に、望美は声をかける。

「ねえ▼」
「うん、なぁに望美」
「大好きだよ」
「私も大好きだよ」

 ちょっと違うのに、と心の中で呟いて望美は笑った。彼女の為に時を越えた、15回目の春。

ALICE+