砂糖菓子の手/アマイモン


 ああ今日も疲れたななんで塾と学校一緒にあるんだろう、とくたくたになった体で部屋のドアを開ける。途端に甘い匂いが鼻腔をついて、▼は課題への現実逃避を止めて匂いの原因であろう人物に声を荒げた。

「お菓子食い散らかすなっていつも言ってるでしょ! 片付けるの私なんだから!」
「あ、オカエリナサイ」

 お菓子を手に振り返った人物――アマイモンは▼の言葉を特に気にした様子もなくスナック菓子の袋を漁った。
ああくそ、どこからそんなお菓子が大量にでてくるんだ羨ましい、▼の羨ましいような恨めしいような視線を受けたアマイモンが、懐から小さな包みを取り出して▼に投げる。ぽいっとかひょいっとか生易しいものではなく剛速球のそれをなんとか受け止めた。パッケージからすると個包装されたチョコレートなのだが、触ったときにぐにゃっとしたので多分溶けている。

「あーもう、これ絶対溶けてる」
「なにか問題でも」
「問題しかない、あっ! ほらもーやっぱり手にかかった」
「分かっていたなら開けなければよかったのでは」
「じゃあ溶けてないチョコくれればよかったじゃん」

 それもそうですね、と平然と言い切ったアマイモンはティッシュをとりに行こうとした▼の手首を掴む。
痛がった▼の手からチョコレートの袋が離れてフローリングに落ち、ああ掃除がと▼が嘆いたがそんなことはお構いなしにぐいぐいと▼の手をひっぱったアマイモンは、チョコレートを舐めた。顔を真っ赤にして金魚のように口をぱくぱくさせている▼をよそにアマイモンはぱくりと指を口に含む。ぬるりと生温かい感覚。飴かなにかのように指を舐め続けられ、▼は叫びたい衝動を抑えた。

「▼の指、あまいですね。食べていいですか」
「いきなり血生臭くなるからやめて」

 ばきばきと己の指が食される想像をして顔をしかめた▼を見て、アマイモンがなにか思考するように黙り込む。▼としてはさっさと手を離してもらって床掃除をしたい、ついでに、熱が集まった顔もなんとかしたいのだが、アマイモンは黙ったまま▼の手を離さない。

「血生臭くない、食べる方法もあります」

 そういうと、アマイモンは疑問符を浮かべた▼の手を引っ張り、思い切り床に押し付け馬乗りになる。
チョコの上に倒されなくて良かったと心底安心しながら、▼は背中や肩の痛みを耐える。アマイモンはいつものなにを考えているかわからない顔で▼の制服のリボンに手をかけた。流石にこれには▼もぎょっとする。▼の必死の抵抗をものともせずに制服のボタンをはずしていったアマイモンだったが、『面倒です』と呟くと思い切りブラウスを引っ張った。ビリビリと音を立ててただの白い布きれになったブラウスを見て、▼の顔が青くなる。制服が台無し、ではなく貞操の危機である。
 
「どっ、どどどどどどどこでこんなこと覚えてきたのよ」
「兄上の部屋に転がっていた本で」
「相変わらずとんでもなく教育に悪い危険地帯!」

 下着の中にアマイモンの手が侵入してくるかこないかのところで、急にぴたりと動きが止まったので、▼は恐る恐るアマイモンの表情を盗み見る。

「あの……さ、こういう状況の私が言うのもなんだけど、続きは?」
「次の巻に持ち越しだったので、ボクは知りません」
「それはよかった! じゃあもうこの体勢でいる必要はないよね! どこうかアマイモン!」

 顔が真っ赤なままアマイモンの胸を押して距離を取ろうとする▼だが、アマイモンはぴくりとも動かない。先程と同じようにじっと黙り込んで顔を凝視してくるので、▼はうっと視線を逸らす。ふと思いついたようにアマイモンが瞬きをして、抵抗する▼の手を取ると先程と同じように▼の指を舐めた。

「▼の顔がおもしろいから、このままでいることにします」

 ちゅ、と手の甲に口付けながら言われた台詞に、▼は頭から湯気がでるんじゃないかと思う程顔を真っ赤にして俯いた。

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