募れど更待月/相馬



 溜息を吐いて▼は触り慣れた黒髪を撫でた。半身に覆いかぶさっている相馬は酷く酒臭い。
それもしかたのないことだろう、百鬼隊の隊員がわざわざ連れてきたのだから。酒に強い相馬がここまで酷く酔っている所を見るのははじめてなので、周囲はもっと恐ろしい事になっていたに違いない。凛音あたりは平然としていそうだが……。
連れて帰るのならば自分達の兵舎にいけば良いのに、と髪を撫でていた手を止めて相馬の顔を眺めていると、見慣れた桃色の天狐が▼の近くにやってきてひと鳴きすると丸くなった。寝ると思われたのだろう、くるりと丸くなった尻尾の愛らしさに▼は微笑む。ふと、唸るような声が聞こえたので、また相馬に視線を戻した。

「……なんだこれは」 
「そう思うならまず退いてもらえると嬉しいんですけど」

 謝りながらのそのそと▼の上から体をどかした相馬はすぐ隣に胡坐をかく。▼もずっと床と相馬に挟まれていた体を起こすとぐっと伸びをした、暖かかったが、流石に重い。
無下に退かすこともできない、というのは建前で。間近で相馬を見るのは数年ぶりだったのでじっと眺めていた代償ではあるのだが、ずっと圧し掛かられていた側の感覚はあまりない。じっと眺めていて、あまり年齢を感じさせないというか、童顔なのだな、という感想を▼は抱いた。小さい頃と全く変わらずとまではいかないが、あまり変化を感じさせない。

「お水飲みますか?」
「頼む」

 額を抑え俯いて返事をする相馬に、よっぽど変な飲み方をしたんだなと思いながら▼は水を用意した。
いつも英雄だとか隊長だとかそういう面ばかりを見ているからか、こうしてなんでもない部分を見ることができるのは嬉しいものだ。それも、昔はずっと見ていたものだったけれど。いまは小さなことでもこうして頼ってくれることは嬉しいと思う。まぁ、相馬からしたら頼るという感覚ではないのかもしれないが……。
 杯を受け取り水を煽ると、どこか居心地が悪そうに視線を泳がせていた相馬が口を開く。

「俺は、なにかしたか」
「いいえ、なにも」
「そうか」

 心底安心した様子で呟いたので、▼は思わず笑ってしまった。乱暴をするような人ではないし、なにも心配するようなこともないだろうに。ただ、人を布団にして暖を取るのはもうやめてほしいとは思った。
笑われた相馬は心外だとでもいうような表情で残りの水を腹に収めた。目を開けてすぐ目に入ったのが、自分が下敷きにしている他人の顔というのはなかなか肝が冷える。憎からず思っている相手ならなおさらだ。なにか間違いでも犯していないか思わず衣服を確認してしまったが、そういった心配はなかったようで心の底から安心した。……なにかしていたら地獄で袋叩きは免れないだろう、恐ろしい事だ。
呑気に丸まって寝ている天狐の頭を撫でて相馬は溜息を吐く。

「お酒もほどほどにしてくださいね、酷かったら取り上げますから」
「俺から戦と酒を取り上げるだと。魚を水から引き上げるようなものだ、鬼かお前は」

 不満そうに抗議する相馬にまた笑って、▼は那木から貰った酒のことを思い出す。たいへん美味だと言われた月の名前を冠した酒は、折角だから百鬼隊がこのウタカタを出ていくときにでも飲んで欲しいと、隠しているのだ。
もう少し、ほんの少しだけ月を隠す期間がのびればいいと、家族のような天狐の尻尾をそっと撫でた。

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