なつのさむいひ/百


銀のリボンをかけたプレゼント。覚えのあるフレーズに百は読んでいた雑誌から顔をあげた。

「季節感なくない? 夏にクリスマスソングって」

苦笑いする百の手にはまさに夏のレジャー情報がひろがっている。プールに山に海に川、バーベキューにドライブにボートにサイクリング。夏真っ盛り、といった明るい紙面だ。
そうだね、と返事をした▼は鋭くなり始めた日差しをさえぎるレースのカーテンをひく。夏なのだからTRIGGERのNATSUしようぜでも思い出せばよかった、そう思いながら百の横に座る。
軽く沈むソファは少しばかり前に新調したもので、そこには当たり前といわんばかりに百の持ち込んだクッションが置かれている。夏場はリビングのこのソファでスライムよろしく溶けていることが多い▼は勝手にそれを使うのだが。それも昔から続いていることなので、お互いに何も言わない。

「なつしようぜ〜」
「夏は大嫌いなくせに。オレが遊びに誘ってもぜっっっったいに断るくせに」
「十回に一回は遊んでるでしょ。内容が微妙、人選が無理、暑い、そもそも屋外に出たくない」
「ボロクソじゃん!しかも最後のほう、それオレのせいじゃないし!」

まさに”内容が微妙”と言われていたページを閉じて、百は沈黙していたテレビをつける。パッと光と音が宿った画面にはいっぱいの青。都内でそろそろ開館するという水族館だ。水族館の花形のイルカやペンギンはもちろん、クラゲの展示にもひときわ力を入れているらしい館内の様子をレポーターが興奮気味に紹介している。
ちら、と横を見た百は▼の表情がそんなに悪いものではないことを確認して声をかけた。

「▼〜ここは〜?」
「悪くないね」
「ホント? 夏休みシーズンだし開館したら絶対に沢山お客さん入るよ?」
「前言撤回、無理」
「やっぱり!」

▼はどこなら遊んでくれるの!という百の嘆きに、秋か冬になったらねと適当に返事をした▼は、百の手から奪った雑誌をぱらぱらと捲った。
見ているだけで顔を顰めたくなるような、山、海、川のオンパレード。嫌な季節のフルコース。暑さだけでも体力を消費するのに、何故山を登るだとか海や川で泳ぐだとか、そういう思考になるのだろう。つくづく▼は不思議でならなかった。……主に横に座っている男に対してだが。
しかもこの男。そこに人間関係という面倒臭いものまで持ち込む。もちろんそれは百自身の性格からくる、後輩や先輩との交流は大切という気持ちもあるのだろうが。意図的に作っているものだって存在するだろう。いけ好かない男の顔を思い出して▼は溜息をついた。
外出も人間関係も▼は得意ではないから、純粋に尊敬はするのだが。

「外出は確かに創作活動のいい刺激にはなるけど。ボクは百にそれを求めてないんだよね。横で息してればいいよ」
「えっ、なんかすごい遠回しにお前は何もするなって言われなかったいま」
「創作活動では休息も刺激と同じくらい大切。ボクはキミといて休んでるの、だから休ませてほしいわけ。一応言うと百と出かけるのは嫌いじゃないけど、そもそもキミとボクの好みが真逆なの学生の頃からわかってるでしょ。大人しく家にいて。それに家の中でだって百はひとりで勝手に面白いから充分刺激にはなるし。横にいるだけで面白い人間、キミくらいなんだから ……わかった?」

捲し立てられた言葉にぱちぱち瞬きをした百がようやっと返事をすると。そう、と一言だけ返した▼はまた雑誌に視線を落とす。
いつも通りのその様子に先程跳ねた心臓を落ちつけた百は、雑誌を奪われてから空っぽになった手で顔を覆った。気が楽な関係だとずっとわかっているのに、改めて言葉にされると妙なくすぐったさがある。……出かける先の趣味があわないから見直せと言われた気もするのだが、それはおいておくとして。

「唐突に直球になるの心臓に悪いなぁ」
「いつもは言えないこともなんだか言えそうになるんでしょ」
「すーなおに〜〜って、夏なんだけど」
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