許しは要らない/エイブラハム・ヴァン・ヘルシング


 沈黙。ただただ続く静寂。
ベッドの横に置かれた椅子に座っているヴァンは口を閉じたまま、ベッドの上で上体を起こしている▼もまた口を閉じたまま。
二年ぶりの再会。二年前の別れはお互いに悪夢のような出来事で……思い出せば今も鮮明に蘇る悪夢。ぎゅっとシーツを握りしめて、▼はヴァンを見た。二年前と変わらない、いや、表情は昔より強張った様な気がする。この状況に対してかもしれないが。

「エイブラハム・ヴァン・ヘルシング」

 呼ばれた名前にヴァンが顔を上げる。

「坊ちゃまと再会してなお、貴方が生きている。貴方を生かした坊ちゃまの意思に、私は従いましょう」
「許せとは言わん。許されるとも思わない。……すべてが終わったら、お前の王が私を殺すだろう」

 静かな青い瞳がまた伏せられる。その様子を見て、▼もまた組んだ手に視線を落とした。
憎くないわけではない。ヴァンに主を殺されたことで吸血鬼たちは瓦解し散り散りになった。戦争が終わった直後も残党狩りと称して同族が殺されたのを知っている。自分は生き延びたが、家族はみな死んだ。余が弔ったと、小さな王から聞いたのだ。
だが戦争はヴァン一人で行ったものではない、人間と吸血鬼という勢力の争いだった。彼ひとり責めたところで、殺したところでどうにもならない。なにかが帰ってくるわけでもない。もちろんそれも理解している。人間に捕まっていた二年、ずっと考えていた。何を許して、何を裁くべきなのか。

「貴方の命一つで贖えるものでも、何かが帰ってくるわけでもありません。ならばそんなものはいらないと言いたいところですが。坊ちゃまがそうするのであれば、そうなるでしょうね」

 顔見知りだった自分達吸血鬼を殺すということを嬉々として行えるような人物でないことも、もちろん理解している。だから悲しい。きっと殺して殺して、苦しんだだろう、いまだって。きっと。生き残ってしまった自分をみて、苦しいだろう。可哀相に、とも思う。
眼鏡についた石とおなじ色をした、哀しい目をしている。思わず手をのばしかけて、止める。ぎゅっと己の手を握る。

「今の貴方にとって生きる事は苦しい事でしょう。ならば、生きるべきなのです。死という安寧は、ヴァンヘルシング。貴方には不要かと、私はそう思います」

 この人間が悲しい目をしたまま死ぬのは嫌だと、心のどこかで二年前の自分が思った。

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