薬指にはめるもの/エイブラハム・ヴァン・ヘルシング



 大通りに面した宝飾店。そこそこ繁盛している店内で、あれでもないこれでもないと商品を片手に思案しているのはヴァンの連れである▼だった。
主であるドラクロワ二世の装飾品を選ぶのに随分と時間がかかっている。……そもそも、本来の目的はドラクロワ二世のものでなく、▼の……いや、自分と彼女の物を買うために、ルパンに薦められたこの店に足を運んだのだ。店に足を踏み入れた第一声が「あちらのブローチは坊ちゃまにとてもよく似合いそうですね」だったので、最初から▼が自分の物を選ぶとは思っていなかったが。
はぁ、と盛大に溜息をついたヴァンは▼に声をかける。そうしてようやっと、邪魔をするなとでも言いたげに彼女は商品からヴァンに視線をうつした。

「今日は指輪を選びにきたんだ。それは一旦置いておけ」
「はぁ、指輪ですか。……指輪?」
「仕事が落ち着くまで長そうなのでな、婚約指輪くらいは好みのものを身に着けたいだろうと思ったのだが」
「えっ、そう、ですね ええ」

 さっと朱がさした顔を見下ろしたあと、ヴァンは▼の手をひいてカウンターに歩み寄る。にこりと笑ってお辞儀をする店員の正面のガラスケースのなかでは、指輪が照明をうけて煌めいていた。
▼がこういった装飾品を好んでいる様子はあまり見ないが、指輪というのはつける位置によっては便利な虫除けになる。仕事が落ち着いたら結婚を、と約束はしたが。吸血鬼と人間との仲立ちが落ち着くのがいつになるのかわからない今、こういったものを贈るのは必然だ。
どちらにしろオーダーメイドで作るつもりだった物だ。選ぶ時間も製作時間も長くかかるものと思っているし、なにより▼の希望を聞いて作りたい。店員に婚約指輪を頼みたいと伝え、いったん店の奥に消えて行く背中を見送ってから。ヴァンはいまだ俯く▼を見た。
敵前や貴族の多く集まる会合でも動揺したり態度を崩すことのない彼女は、意外なことに自分には非常に照れやすく。顔を赤く染めては俯いて黙ってしまうのをヴァンは知っていた。その状態で立て続けに自分が言葉をつづけると、足を踏んできたりもするが。照れ隠しだとわかっているその行動は愛らしくもある。

「希望があるならなんでも言うといい。私もお前も、仕事柄ずっと身に着けているわけにはいかないかもしれないが」
「……できるならで構わないのですけど。」

 おずおず、その音が当てはまるような動きで▼がヴァンを見上げた。目線をせわしなくヴァンとガラスケースに動かしながら、最終的にヴァンの目を見て口を開く。

「蒼い石を嵌めて欲しいのです。貴方の目の色と同じだから」

 そういうなり目を逸らした▼の横顔に微笑む。かつてサンの屋敷の人間に見られたのなら二度見され、驚かれるであろう表情なのは自分でも理解できるような。自然とこぼれた笑みだった。
成程。普段から身に着けるものならば確かに、相手を連想するものが良い。ならば自分が指定する色も決まっているようなものだ。真っ赤に染まった夕日の様な、暖炉で弾ける炎の様な、▼にも自分にも流れる血のような。そして彼女の目の色のような。そんな赤が良い。

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