好敵手/キジマ・ウィルフリッド


「痛い!痛い、痛い……!」

 ウィルフリッドは理解が追い付かないまま目の前の光景を見つめていた。
 強制終了されたバトルシステム。左肩を抑えて床に蹲り、叫び続ける幼馴染。それに駆け寄る監督や仲間達。『とにかく医務室へ』、という言葉で支えられながら遠ざかっていく姿に、ようやっと手を伸ばして、それは力なく落ちた。


「叔父さん、▼の様子は?」
「今は寝ているよ」

 アランの言葉につられるように眠っている▼を眺めた。外傷の確認のためだろうか、ブルーのジャケットは脱がされている。能天気な、いつも幸せな夢をみていそうな寝顔をしている彼女だが、いまは眉を寄せてどこか苦しげだ。しかしバトルルームでの苦悶の表情を見た後だと、安らかな寝顔と言えるだろう。
 外傷はなかったこと。ウィルフリッドの攻撃で▼のガンプラの左腕が切断されていたこと。システムの強制終了前、かつてないほどの出力や機体制御が確認されたこと。それをうけてアランは彼女が”アシムレイト”、五感をガンプラと一体化させ強化した状態になっていたのではないかと話した。

「アシムレイト、ですか」
「あぁ。僕も実際にそういった状態を見たことがある。イオリ・セイ、三代目カワグチ……事例は少ないがね」
「私が切り落とした左腕のダメージが、そのままフィードバックされた」

 それはつまり、ウィルフリッドが彼女を苦しめたも同然ではないだろうか。
 そんな甥の考えを理解したのか、アランはウィルフリッドの背中を叩いた。気に病むな、ということだろう。事実、こうしてベッドサイドでウィルフリッドが気に病んでもしかたのないことだ。気を遣ったのか、他の生徒たちの様子を見てくるとアランは席を立ち。カーテンで仕切られた狭い空間にはウィルフリッドと寝ている▼の二人だけになった。

「▼」

 彼女は、好敵手だ。
 その強さ故に、同年代では全力で渡り合えるファイターが片手で足りてしまうウィルフリッド。そんな彼にとって、全力でバトルをし、ガンプラについて語り合う。ファイターとしてもビルダーとしても切磋琢磨できる▼は、疑いようもなく”好敵手”だ。
好、という漢字を含む関係であれば。叔父同士が知り合いであったことで付き合いも長く、ガンダムという共通の趣味で多くの時間を共にした▼に好意を寄せた……そう、”好きな女性”でもあるのだが。その好意が欠片も伝わっていないことは、この数年で把握している。
 ウィルフリッドが出そうになる溜息を飲みこむと、僅かな身じろぎと共に▼が目を開けた。

「起きたか。左腕は痛むか?」
「ウィル。……腕、痛くはないかな」

 そう言ったきり、何かを確認するように空いた間。困ったようにウィルフリッドを見る瞳。見慣れたその瞳の色に、ウィルフリッドは何故だか胸騒ぎを覚えた。

「腕、動かないや」

 そうして▼は、ガンプラバトルを辞めた。
 
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