合宿/キジマ・ウィルフリッド


「アランおじさま、良かったんですか。わたし、今年もついてきちゃって」
「監督だ。もしもの時の補欠とはいえ、お前もソレスタルスフィアの一員。そもそも、全国大会の常連選手だろう」

 まぁそうですけど、と曖昧な返事をしながら▼はアランと並んで歩く。ニールセン・ラボのガラス張りの廊下から見える景色は、毎年全国大会の時期になると見てきたものだ。去年も今年もレギュラーとしては参加できていない、全日本ガンプラバトル選手権。補欠とは言っているものの、▼は未だガンプラバトルができないでいる。
 短い溜息を吐き出してから、手に持ったバインダーで今回の強化合宿の予定を確認する。この合宿中にレギュラーメンバーの最後の一人であるシアも合流することになっていた。兄であるウィルフリッド共々、幼少からの付き合いであるシアは▼にとっては妹のような存在だ。イギリスに短期留学していた彼女と直接会うのは久しぶりだった。

「今日は……ウィルは個人練習、サガも個人練習。って個人練習しかないじゃないですか!」
「シアが合流しないことにはチームでの擦り合わせができないからな」
「まぁ、放っておいてもあの二人なら勝手にバトルしてそうですけど」
「そういう訳だ。ラボの方々に少し用事がある、先に部屋に行ってくれ」

 片手を上げて廊下をさらに進んでいくアランとは反対に、▼は”VIP ROOM”のプレートが掲げられてい部屋の前で足を止めた。深呼吸をして、ドアの開閉ボタンをタッチする。
部屋の真ん中に当たり前のように設置されたバトルシステム、その奥に置かれたソファに座っていたウィルフリッドが顔を上げた。ローテーブルには彼の愛機のトライジェンドガンダムが置かれている。白を基調に、冴える様な蒼が凛とした印象を与えるそれを横目に、▼はウィルフリッドの横に腰を下ろした。

「今は調整?」
「あぁ。まだまだ調整できる部分は多いからな。」

 それきり意識をガンプラにうつしたウィルフリッドは黙り、▼も端末で開いている全国大会出場チームの情報を読んでいた。強豪校は順当に全国大会に上がってきている、一部のチームはきっと、このラボでも出会うことになるだろう。ふと、視線に気づいた▼がウィルフリッドを横目で見ると、彼は調整の手を止めていた。

「腕はどうだ。君の叔父上が心配していた」
「ジュリアン叔父さんは心配性だなぁ。日常ではもう特に何も問題ないよ。ガンプラバトルは、どうだろうなぁ」
「やってみるか」

 ▼はハッと顔をあげた。ウィルフリッドの、愛機のクリアパーツと同じ色をしたシアンの瞳がまっすぐに▼を捉えている。彼はあまり冗談を言う人間ではない、いまの一言も、本気だ。
 腕は動くようになったが、ガンプラバトルができるとは▼は思わなかった。ビルダーとしてもファイターとしても、できていたことができなくなった悲しみ、悔しさ、怒り。随分と気持ちは落ち着いたが、それでもあの日の痛みを思い出すと、バトルシステムの前に立つことに恐怖を感じるのは確かだったし。なにより▼は、恐怖している自分が情けなかった。

「今は、できない」
「……そうか」

 再び降りた沈黙。その沈黙の気まずさも、お互いにもう慣れたものだった。沈黙を振り払うように、▼は笑顔を作り声を上げる。

「でも、もし、またガンプラバトルをするなら。本気のバトルは真っ先にウィルに挑みに行くから!」

 『そうか』とウィルフリッドから返された言葉は先程と同じだったが。その声が幾分か明るいものだったので、▼はほっと息を吐き出した。
 
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